カリフォルニアから移住したジャーナリストが解く「福岡はすごい」の源流

これまで「#FUKUOKA」では、平成26(2014)年の「グローバル創業・雇用創出特区」制定以降、盛り上がりを見せるスタートアップ界隈の話題や、データで見る福岡の“住みやすさ”など、多くのニュースを取り上げてきました。

最近のトピックスで言えば6月12日、市が公共施設の支払いをキャッシュレス化する実証実験に、モバイル送金・決済サービス「LINE Pay」を採択したと発表。こうした先進的な取り組みの数々に「福岡ってすごい!」という熱い視線が、各方面から更に注がれています。

そんな福岡の“すごい”を一つひとつ丁寧に取材し、まとめられた本が出版されました。その名も『福岡はすごい』(イースト新書)。今回は同著の著者である牧野洋さんに、執筆に当たって感じたこと、そして執筆活動を通して見えた福岡市の更なる課題についてお聞きしました。

■福岡市とカリフォルニアの「リバブル」という共通点

「福岡はすごい」を執筆した牧野洋さん
牧野さんは元々、米コロンビア大学大学院ジャーナリズムスクール出身のジャーナリスト。著名経営学者の故ピーター・ドラッカーに生前インタビューを重ね、ドラッカー関連の著書も手掛けている人物です。

そんな牧野さんがなぜ、今回福岡にフォーカスした本を上梓したのか? それは平成25(2013)年のカリフォルニアから福岡市への移住がきっかけでした。

新聞社を脱サラ後、憧れのカウンターカルチャーを象徴するカリフォルニアに住むという夢を実現させた牧野さん。しかし、一家の福岡移住がマストとなりました。ドラッカーが数十年にわたって教鞭を執った米クレアモント大学院大学(通称ドラッカースクール)で奥様が経営学の博士号を取得し、九州大学への就職が決まったからです。

「カリフォルニアの生活には愛着を持っていたため、名残惜しくはありました。カリフォルニアをはじめとしたアメリカの西海岸の都市は、とにかく『リバブル(住みやすい)』。都会的な生活を送りながらも、少し車を飛ばせば美しいビーチが広がっているし、目の覚めるような青空など気候も最高です。家族でキャンプをしたいと思えば、安い費用で贅沢な時間が過ごせていましたから」

カリフォルニアを離れるとなった時には悩ましくもあったという牧野さんでしたが、先に福岡に住んでいた妹夫婦からも「福岡はとにかくいいところだ」と聞かされていたんだそう。そんな牧野さんが実際に福岡市に移住して驚いたことがありました。それが、「福岡とカリフォルニアが似ていた」ということです。

「本の中でもいくつか要点をまとめて触れていますが、カリフォルニアと福岡市には、共に政治や経済の中枢機構から離れていること、多様性・グローバル性があること、そして豊かな自然環境があり『リバブル』であることなど、たくさんの共通点がありました」

■「Easy going」のマインドが日本を救うかもしれない

今年(2018年)の6月に出版された牧野さんの著書「福岡はすごい」
加えて、2つの都市の「リバブル」という共通点以外にも、その土地に住む人々のマインドにも通ずるものがあったと、牧野さんは振り返ります。

「特に私が感じたのは、カリフォルニアの市民特有の『Easy going』の姿勢が、福岡人にもあるということ。私はニューヨークにも2度住んだことがあるのですが、険しい顔のニューヨーク人といつも笑顔のカリフォルニア人は全然違います。前者が東京人だとすれば後者が福岡人。とにかく福岡では時間の流れがゆっくりしていて、人々がリラックスしているんです。私もカリフォルニアにいた時には『いつか東京のストレスフルな生活にまた戻る日が来るのだろうか』と考えると憂鬱になりましたが、同じ日本でも福岡は違いました。3人の子どもたちも含め家族のみんなが適応し、最後にはそろって福岡大好きになったのです。

福岡の街並み。海辺の福岡タワーやドームを中心に、奥にはビル群と山々が広がっている。
(海と山、都市部が近く、コンパクトシティと言われる福岡) 

そんな『Easy going』な感覚は、カリフォルニアの人しかり、福岡の人しかり、本人たちには自覚がないかもしれません。けれど、そのようなマインドがクリエイティブな思考やイノベーションを生むと思っています。事実、カリフォルニアを中心としたアメリカ西海岸もそうしてたくさんのイノベーションを起こしてきたのです。アップルやグーグル、アマゾン、マイクロソフトといった西海岸企業がイノベーションを通じてアメリカ経済を救ったと言っても過言ではないでしょう。荒唐無稽に聞こえるかもしれませんが、『日本の西海岸』福岡もイノベーションを通じて日本を救うという役割を担う点では絶好のポジションにあると思います」

■九大に、日本の起爆剤となるシーズがある

牧野洋さん

では、そうした日本を救う企業のシーズは、福岡のどこにあるのか? 牧野さんは行政、民間など様々なフィールドのプレイヤーたちを取材する中で、特に教育機関、中でも九州大学に平成22(2010)年に誕生した「QREC」の可能性に言及します。

「QREC」とは、九大の起業家教育センター「ロバート・ファン/アントレプレナーシップ・センター」のこと。ロバート・ファンは九大工学部出身で、昭和55(1980)年にシリコンバレーでIT専門商社のシネックスを創業し、最終的に業界第3位の大企業にまで育てた起業家です。彼の寄付で、この教育センターは誕生しました。

「アメリカでは成功した起業家が母校に寄付するケースは少なくありません。ヒューレット・パッカードやグーグルなどを生み出したスタンフォード大学がその代表例です。実際、この『QREC』の誕生によって九大の中には起業家教育の体制が築かれ、『QREC』の助成金を得て在学中に起業した若者も誕生しています。起業家として大成功した卒業生の寄付金が起点になっているという意味で画期的です。日本では珍しいことですから」

QRECホームページ画面
(QRECホームページより)

また「QREC」の延長線上で、九大では起業の分野で実際に様々なチャレンジと実績が生まれているのだそう。例えば平成29(2017)年に発足した部活動「起業部」。野球部が野球をするように起業部は起業するというコンセプトを掲げており、とてもユニーク。発足したその年に早くも存在感をアピールしています。カリフォルニアで開催されたビジネスプランコンテスト「ライブ・シャークス・タンク」で起業部の飯塚チームが優勝したのです。飯塚チームが発表したのは、人工知能技術を使った医療向け病理画像診断ソフトの開発・普及のためのビジネスプランでした。

「母校に恩義を感じて寄付する九大卒業生ロバート・ファンのような起業家はアメリカにいくらでもいます。目がくらむほどの巨富を築いたスーパーリッチもいますから、インパクトは絶大です。その意味で大学などの教育現場に地道に投資をすることはとても大事です。時間はかかると思いますが、いつか一大イノベーションに結実するかもしれないのですから」

■この勢いを止めないための課題とは

牧野洋さん

福岡市が起業という面で“すごい”とされる理由に、こうした教育の現場の存在があると話す牧野さん。

「もちろんその背景には、福岡市の『リバブル(住みやすさ)』というファクトも大いに寄与しています。ですが、この福岡市のポテンシャルを十分に活かしながら、更に教育の現場でのイノベーションを加速させるためには、対峙しなければならない要素も少なくありません。例えば、事務負担が重過ぎて教員が研究に専念できる体制になっていないとか、スピードが求められる時代であるのに今も官僚組織がはびこっているとか、大学には今もさまざまな問題が山積しています。世界ランキングを見ても日本の大学の順位は大きく低下。イノベーションを起こすには旧来の壁が大きすぎて、動きが取りづらくなっている要素が少なからず存在します。その点をどう克服していくかが今後の課題でしょう」

また、福岡アジア都市研究所が平成29年にまとめた報告書「『第3極』の都市plus3」の「都市の成長」を見ると、世界9都市(釜山、ヘルシンキ、ストックホルム、バルセロナ、ミュンヘン、メルボルン、バンクーバー、シアトル、福岡)の中で福岡市のランクは最下位なのだそう。多様性などの点で先進的な都市ばかりなので比較対象としてハードルが高いとはいえ、課題も浮き彫りになっているといいます。

「イノベーションは『都市の成長』に不可欠です。そしてイノベーションは、多様性から生まれるとも言われています。福岡市はグローバル化という点では国内でも一歩先を行っていますが、多様化を受け入れる土壌づくりのためにできることはまだあるはず。他の地域ができていないことを、いかに先陣を切ってできるかに福岡市の今後がかかっていると思います。リバブルである福岡にイノベーションをテコにした成長が加われば、正真正銘の勝ち組になれると思います」

同著では今回のお話の他にも、住みやすさ、都市戦略、エンターテインメントなど様々な分野からの、福岡市の“すごい”がまとめられています。気になるトピックスから、「福岡はすごい」と言われる所以を探ってみてはいかがでしょうか。

 

<プロフィール>
牧野洋(まきの・よう)さん
昭和35(1960)年生まれ、慶応大学経済学部卒業、米コロンビア大学大学院ジャーナリズムスクール修了。日本経済新聞社を経て、平成19(2007)年に独立。早稲田大学大学院ジャーナリズムスクール非常勤講師などを務める。著書に『米ハフィントン・ポストの衝撃』『共謀者たち』(河野太郎との共著)『最強の投資家バフェット』など。

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