「がめ煮には福岡が詰まっている」 ミシュランシェフが福岡の郷土料理“がめ煮”を作ったら

福岡の郷土料理「がめ煮」を、フレンチシェフの松嶋啓介がプロデュースします。

松嶋さんは昭和52(1977)年、福岡県福岡市生まれ。高校卒業まで福岡県内で過ごし、東京で料理人としてのキャリアをスタートします。20歳の時にフランスへ渡り、料理修行を開始。25歳の若さで現地にフランス料理店「Kei's Passion」を開き、数年後にはミシュランの「星」を獲得するという快挙を成し遂げて話題となりました。平成21(2009)年には、現在も原宿に店舗を構える「KEISUKE MATSUSHIMA」の前身となるレストラン「Restaurant-I (レストラン アイ)」をオープンし、日本凱旋を果たしています。

いま松嶋さんは、「食の歪みこそが社会の歪みの原因である」という思いから、日本の食のあり方を問い直す活動に力を入れているのだとか。そのひとつが、福岡市の新プロジェクト「#(ハッシュ)がめ煮つくろう」。「筑前煮」の名で全国に知られる福岡の郷土料理「がめ煮」の作り方を広めることを通じて、家庭や地域での「食」への関心を高めていこうという試みです。

今回は、生活の拠点であるニースから戻ったばかりの松嶋さんに「#(ハッシュ)がめ煮つくろう」について、そして「がめ煮」について、じっくりとお話を伺いました。一見寡黙そうに見えた松嶋さんでしたが、そこは人懐っこく心優しい博多っ子。話はがめ煮から、だんだんと現代社会の問題にまで及び、その発想力には取材陣も驚かされっぱなしでした。

がめ煮を作ることを通じて、健康で豊かに生活するためのヒントを掴んでほしい

ー「#がめ煮つくろう」に関わることになった経緯を教えてください。

松嶋 福岡市長の高島宗一郎さんとお会いする機会がありまして、その時に食育や予防医学に関心を持っていることをお話したんです。そうしたら「福岡市でも何かやりたい」とおっしゃって。そこで僕が「福岡でやるなら自分たちが当たり前と思っている『がめ煮』をテーマにすればいいんじゃないか」と提案したんです。

―なぜ「がめ煮」だったんでしょうか。

松嶋 地元の郷土料理について深く知れば、自分たちが大切にしてきた文化の素晴らしさを再確認できますよね。自分で料理をすれば、塩や砂糖の量を意識することもできます。一度そういう経験を持つと、自分で作る場合だけではなく、料理全般の塩や砂糖の量に意識的になれる。健康への意識が底上げされると思うんです。そうなれば生活習慣病の予防にもつながっていきますよね。がめ煮の調理を通じて、健康で豊かに生活するためのヒントを掴んでいただけたら良いな、なんて思っています。

ー「がめ煮」って、松嶋さん自身にとってどのような存在なのでしょうか。

松嶋 特別なものではなく、普通すぎるくらい普通な存在ですね。子供の時から本当によく食べてましたよ。あまりに頻繁に食卓に上がるので「またか」と思うことさえあった(笑)。でも海外に飛び出してみて、自分を育んでくれた大切な存在であることに気付いたんです。がめ煮って福岡との共通点が多い。と、いうか福岡そのものなんですよ。繊細だけど素朴。ちょっと都会で洗練されているけど、どこか田舎っぽい。でも日本全国で愛されている。福岡のローカルフードと言われつつも全国のローカルフードでもあったりする。そのあたりは、実際に調理しながら詳しくお話しますよ。

松嶋シェフががめ煮を語り尽くす

というわけで、なんと一流シェフが自らがめ煮を作ってくださるというラッキーな展開に。さらに福岡とがめ煮についてのお話を掘り下げていきましょう。

ー今回使う具材は?

松嶋 鶏もも肉、しいたけ、ごぼう、れんこん、にんじん、里芋、こんにゃく、絹さやです。特別なものではなく、本当にどこにでもあるような食材です。

―松嶋さんのつくる「がめ煮」は、一般的なものと少し違っていると聞きました。

松嶋 一般的ながめ煮は、すべての材料と調味料を一気に鍋に入れて煮込むだけなんです。今回はまず鍋に油をひかずに、鶏肉を弱火でゆっくり加熱して脂を出します。この脂を全体に上手に絡ませることで、風味が豊かになるんです。「キャラメリーゼ」と言いますが、こうしたフランス料理のコツをちょっと入れるだけで、まったくの別物になる。ぜひ挑戦してみてほしいですね。

まずは鍋に鶏肉を入れる。油をひかず,弱火でゆっくり。
(まずは鶏肉を加熱していく。「弱火でゆっくりがコツです」と松嶋さん)

―かなり具材を大きく切っていますね。そして具材ごとに鍋に入れるタイミングを変えていると。

松嶋 薄く切ると火はすぐ入るけど、食感が残らないからね。具材ごとに火を入れる時間を変えているのは、それぞれが持っている味を引き出すため。無理やり調味料で味を整えるのではなく、素材が持つ自然な味を引き出す。これもフランス料理の考え方なんです。

調理中の松嶋さん。具材を大きめに切って鍋に入れていく。
(大きめの具材を炒めながら、次に入れるレンコンを切る)

―「がめ煮味」に染め上げてしまうのではなく、あくまで野菜が持っている本来の味を引き出すんですね。

松嶋 とはいえ具材は自分の味を主張しているだけではないんです。自己主張をしつつ、実は助け合ってもいる。この鍋の中では異なる食材から出た旨みが相乗効果を発揮しているんです。すごく福岡の街っぽいでしょう? 一通り具材をいため終わったら、今度は混ぜ合わせて…昔の博多弁で「がめくりこむ」と言うんですけどね。だから「がめ煮」なんです。

鍋に入れた具材をがめくりこむ(かき混ぜる)
(料理の由来となった「がめくりこむ」工程)

ーへえ!それは知りませんでした。

松嶋 「ひっくり返す」「ごちゃごちゃかき混ぜる」みたいな意味が近いですかね。博多弁で思い出しましたが、福岡人は他人の世話をするのが好きなんですよ。でもあまりに世話をし過ぎるから、時に相手から「せからしい(※鬱陶しい)」と思われてしまう。ただ、その人懐っこさって、すごく良いところでもあると思っています。と、言っている間に、鶏油が面倒くさい福岡人の絡み具合のごとく良い感じに全体にからまってくれましたね(笑)。次は調味料を入れていきます。

ー醤油、お酒、みりん、砂糖が入るんですね。

松嶋 はい。自分で作ることでどんなものをどれだけ使っているか意識できますよね。

そういえば、昔は砂糖って高級食材だったんですよ。がめ煮を作ることでぜいたくなものを、みんなに分かち合おうとしているわけです。愛情の表れでもあることを忘れないでほしいですね。

がめ煮には福岡らしさが詰まっている

松嶋さん
(「親戚の集まりなどで、このがめ煮を作ったらヒーローになれるはず!」と松嶋さん)

―さらにダシを入れるんですね。

松嶋 筑前煮と呼ばれているがめ煮ですが、味のベースになっているダシは県外産の鰹節なんです。福岡のものでありながら、実はちょっと外の力も借りている。さきほど「素材それぞれの味を引き出す」という話をしましたが、さまざまな具材が自己主張しつつ、お互いを助け合ってもいるがめ煮は、心優しい個性派集団なんです。そして味のベースを作っているのは、外からやってきた鰹節だったりもする。まさに古くから多様性あふれる都市だった福岡そのものですよね。こういうものを食べることによって、僕らは福岡の気風を身に着けてきたんだと思います。高島市長も大分出身ですが「#がめ煮つくろう」というプロジェクトを始めることができたのも、彼がいたからこそですよね。

―それにしても凄い量ですね…。

松嶋 食材同士の付き合いで味が生まれるわけですから、大量に作らないとおいしくないんです。自分の家だけでは食べきれない量を作ってどうするのかと思うでしょうけど、近所の人に配ればいい。今の社会の大きな問題の一つに孤独や孤立というものがあると思います。マンションに住んでいたら、隣に誰が住んでいるか知らなかったりしませんか? 近所に一人暮らしをしている高齢者はいらっしゃいませんか? そこでがめ煮なんです。たくさん作って、プレゼントしてみてください。楽しいお付き合いが生まれるかもしれませんよ。

大鍋いっぱいのがめ煮
(大鍋一杯のがめ煮)

ー自分自身がおいしく食べるためにたくさん作らないといけない。その結果、周りの人との交流が生まれる。上手くできてますね。

松嶋 これも福岡人の気質です。博多式の辛子明太子を発明した川原俊夫さんだって「明太子でみんなが幸せになるなら、作り方を教える」と考えた。特許を取って独占してやろうなんて思わないわけですよ。だからこそ明太子は福岡の名物になったんです。僕の高校の先輩は、豚足のお店をやっていまして、コラーゲンを食べ物として売り出したんですが、やっぱり作り方をみんなに教えていましたね。結果何が起きたかと言うと、明太子と同じくブームが起きた。ある時レシピを公開した理由を尋ねてみたら「川原俊夫さんの精神を尊敬しているから」って言ってましたよ。今ではニューヨークで「HAKATA TONTON」という豚足の店をやっているんですが、繁盛しているみたいですね。

ー松嶋さんも、がめ煮のレシピを公開してますよね。

松嶋 28歳でフランスにお店を出した時に「自伝を出さないか」と言われたんです。「28歳の自伝なんか誰が読むんだよ」と思ったけど、やっぱり出すことにしたんです。いい機会だから、あまり知られていない海外での働き方をバラしちゃおうと思った。どこかで「その方がみんなが幸せになろうもん」と考えていたんだと思います。振り返ると川原さんと同じというか、いかにも福岡人らしいことをやっていた。やっぱり福岡人からすると、自分だけ「よかろうもん」はダメなんです。

今の社会には「もうよかろうもん」という感覚が欠けている

松嶋さん
(「人を許せない人が増えているような気がするんです」と松嶋さん)

松嶋 僕は、今の社会には「もうよかろうもん」という感覚が欠けていると思っています。

福岡の街角で喧嘩が起きると、近所のおばちゃんがやってきて「もうよかろうもん」って止めに入ってくれたものなんですよ。福岡の人は本当によく「もうよかろうもん」という言葉を使います。この言葉には、福岡人の心の広さだったり、相手をいたわる優しさが込められている。そして喧嘩を止める時の「もうよかろうもん」には「怒ってるのは分かるけど、手加減しないと取り返しの付かないことになるよ」というニュアンスがある。本質を見抜く冷静な視点が含まれているんです。こうした感覚がなぜ生まれたかと言うと、今も昔も大陸への玄関口だった福岡というか太宰府の人間は、中国から入ってきた物品や文化を詳しく分析して、良いものだけを京都や奈良に送るという役割を担ってきたからだと思うんですよ。つまり福岡人は吟味する能力を求められてきた。

―そう言えば松嶋さんは、去年の秋に博多の中洲で「吟味(食堂ぎんみ)」という和食屋さんをプロデュースしていますよね。

松嶋 福岡でやるなら「吟味」という名前にしたかった。やはり福岡らしい言葉ですからね。話を戻すと、だから、福岡人は何かを見た時に吟味して、それが本質的にゴールしているかを見極める能力に長けていると思うんです。やりすぎなくても良いことを知っている。だからこそ「よかろうもん」という言葉が出てくるわけです。でも、この感覚は東京の人たちからすると「緩い」って言われてしまうんですよ。

ー「今の日本社会がキツいのは完璧を求めすぎるから」って、よく海外の人が言いますよね。

松嶋 そういえば、フランスにも「よかろうもん」に似た言葉があるんですよ。「C'est pas grave(セ・パ・グラーブ)」って言うんですけど、直訳すると「それは重要じゃない」。なにか余計なことをしようとすると「セ・パ・グラーブ」って言われる(笑)。「もうよかろうもん」と全く一緒なんですよね。

松嶋さん
(時折ジョークを交えつつ、気さくに話してくれた松嶋さん)

ー「がめ煮」の話を聞こうと思ってきたんですが、だいぶ壮大な話になりました。

松嶋 そうですね。ものすごく深い物語がある食べ物ですから。繰り返しになりますが、僕ら福岡人は、そういうものを「またか」と思うくらい食べることで、両親や祖父母の考え、ひいては福岡の気風を叩き込まれてるんです。そして、その気風は今の日本に足りないものでもあるんですよ。こんなことを言ってしまうと勝ち誇る母の顔が目に浮かびますね。「あんたやっと分かったと?」みたいな(笑)

松嶋さんは、フランス政府から日本人シェフとして初めて芸術文化勲章シュヴァリエを、そしてフランスの食文化普及に貢献した人に贈られる農事功労章シュヴァリエを受章している文字通り一流のフレンチシェフです。しかし松嶋さんは、自分だけが幸せになることを良しとしていません。自らの知識と経験をシェアすることで、地元を、ひいては世の中を幸せにしたいと考えているのです。その根底にあるのは、博多っ子としての矜持、そして「よかろうもん」の精神なのかもしれません。

完成したがめ煮。きれいに盛り付けられ,まるでフランス料理のよう。
(名前はがめ煮なれど、全くの別料理と感じるほど違う、松嶋流がめ煮。素材の味が引き出された一皿。)

 

<松嶋啓介さんの「がめ煮」レシピ>
公式ブログ(https://blog.goo.ne.jp/keisukematsushima/e/5fc1b957d345bf342f5ba408499e6d05

 

[関連リンク]
#がめ煮つくろう|福岡100(http://100.city.fukuoka.lg.jp/actions/1412

 

[プロフィール]
松嶋啓介(まつしま・けいすけ)さん
1977年(昭和52年)、福岡県福岡市生まれ。筑陽学園高等学校卒業後、「エコール辻東京」で料理を学ぶ。東京・渋谷のレストラン『ヴァンセーヌ』勤務を経て、料理修行のため渡仏。25歳の時に、南フランスのニースにフランス料理レストラン 『Kei's Passion』をオープンし、28歳の若さでミシュランガイドで「一つ星」の評価を獲得する。フランス政府より芸術文化勲章シュヴァリエ、農事功労章シュヴァリエを受章している。

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