令和時代の福岡はどうなる?「シティ情報ふくおか」編集長に聞く

全国のタウン情報誌の草分け的存在として知られる「シティ情報ふくおか」。これまで43年に渡り、福岡の街の取材を続け、ここ数年は、その年のトレンドを予測する特集を組んだりもしています。そこで今回は編集長の古後大輔さんに、近年の福岡の振り返りと令和以降のトレンドについて、話をお伺いしました。

令和元年は“シェア”が加速する

ーここ数年、トレンドを予測するような特集を組まれていますね。

古後 はい。ここ5、6年は年に数回、街の旬な動きをイチ早くキャッチする特集を組んでいます。中でも好評なのが、誌上公開チャット形式でお届けする“街の噂話”ページ。取材中に街で耳にした話の中で、取材するには至らない未確定情報や、世間話だけど興味深い話が、毎回山のように出てくるんです。であればその話を、これから街で起こりそうなムーブメントやトレンド予測という“街の噂話”としてまとめてみようと思ったのがきっかけでした。

福岡って街のつくりと人のネットワークがコンパクトな分、リアルな街場での情報の密度が高くて、速度も早い。SNS上でもまだ拡散されていない街のトレンドの種が、街中で日々大量に生まれています。でもその分「花をつけたときにはネタとしての旬も終わっている」ということが多くて。SNSでは流されちゃう、でも花が咲いてからの取材記事じゃ新鮮味に欠ける。そんなリアルな街の予兆をタイムリーに伝えられる「シティ情報ふくおか」ならではの、情報の受発信をしていかないといけないと感じています。

ー福岡が注目を集めているのはなぜだと思われますか?

古後 「独自の街文化」があるからでしょうね。福岡には九州・沖縄・山口圏内からやってきて根付いている人が多い。実際に九州では群を抜いて教育機関や産業も集中しているし、交通アクセスもよく、住みやすい環境が整っています。その背景には福岡がもともと「商いの街」としてヒト・ミセ・コトの交流起点だったことが大きく影響していると思います。だから福岡って観光名所が少ない代わりに、地域ごとのヒト・ミセ・コトが観光資源の主役を担っているんです。

それから「福岡人は地元愛が強くて、わが街自慢をしたがり」と言われがち。他所から客人が来たら「街全体でもてなしたい」みたいな思いがあって、その象徴が「食」なんですよね。もつ鍋や水炊きのような福岡グルメの鍋文化は、その気質を象徴していると思います。ひとつの鍋を囲むことで、出身地などの関係性を超えて、ググッと距離を縮めて、仲間意識を生む。そういう地元民にとっては当たり前のことが、関東や関西から移住してくる人にとっては新鮮に感じて注目を集めている、というのが実情ではないでしょうか。

ーそういった中で、平成30年から31年はどんなものが注目を集めた年でしたか。

古後 「シティ情報ふくおか」が取り扱うのは食べ物が多い特性もあり、パン、コーヒー、カレー、 うどん、ラーメン、肉、餃子・焼売、酒場、クラフトビール、屋台など、新旧の福岡名物グルメ・コンテンツが強かった印象ですね。また、スタンディングの飲食店や人気店の2号店、3号店も増えました。若手のイラストレーターをはじめとした地元アーティストの全国的なブレイクも、よく目にした1年でしたね。

シティ情報ふくおかのバックナンバー

古後 これまでは人気店や有名店同士が単発で何かを“コラボ”するイベントが多かったんですが、最近はその流れが落ち着いてきました。あらゆる業界で、技術や知識、顧客など互いが今持っているものを“シェア”していくという動きが強くなっている気がします。

街へ出たなら裏を行け! エリア的な“裏”とカルチャー的な“裏”に注目を

ーエリアとして注目を集めたのは、どのあたりでしょう。

古後 地元タウン誌の目線で選ぶなら六本松ですね。平成29(2017)年10月に複合商業施設「六本松 421」が開業し、街の表面はきらびやかに変貌を遂げました。かつて原宿における裏原が新たなカルチャーを生み出したように、街はいつの時代も光と影のコントラストが面白さを生みます。六本松の表側が新しい光を放ち始めたことで、「ウラロク」とよばれる裏の六本松も面白いことになってきました。このエリアは、かつては学生街で、今でも庶民的な老舗や名店がまだまだ多く、ひっそりと隠れた裏側に新しい価値観のショップがどんどん増えています。このウラロクに限らず、福岡でおもしろい街歩きがしたいなら「裏を行け!」って声を大にして言いたいくらい、裏カルチャーは今年以降も要注目です。

そんな街の裏側と裏カルチャーを眺めていて、最近見えてきたのが原点回帰という動き。例えば、コーヒー。90年代のカフェブームにはじまり、00年代のコーヒーニューウェーブ、10年代の「コーヒー×○○」の文化が生まれてきた中で、最近は再び喫茶店が注目を集めています。これは、文化をリスペクトした上でアップデートしていくという新しい原点回帰の流れだと感じていて、その動きはいろんなジャンルで起こっているように感じます。

いわゆる昭和の古き良き文化や、ちょっと前まで“いなたい(田舎くさい、垢抜けない)”とされていた文化(喫茶・軽食・弁当・菓子・定食・商店街・酒場・スナックなど)の再評価がトレンドになってきている。改元や天神ビッグバンのスタートといった新しい時代の波への、本能的な抵抗なのかもしれないですね。

ーところで、昨年は全国紙である雑誌BRUTUSが、「福岡の正解」という福岡特集を大々的に組んだことが話題になりました。

古後 なりましたね。弊誌のOB・OGが制作に関わっていたこともあって、最初は「悔しい」って気持ちがありました。周りの人たちに『「福岡の不正解」という特集をつくるから出てね』なんて冗談半分で言ったりして。でも、街の先輩方の意見を聞いていくうちに、「ここはあえてその波に乗って、さらに面白いことができるようにすべき」と思うようになりました。

実は、あのBRUTUSが出たことで、今まで地元に見向きもしなかった福岡の人たちが、地元を価値あるものとして評価するようになったんです。東京の大手出版社から見た「福岡の正解」ではなく、本当の福岡を教えたいという人も出てきたりして。街の活性化に繋がったと感じましたね。

古後さん

ー令和時代の福岡について、どうお考えですか? その中で『シティ情報ふくおか』の役割とは?

古後 福岡は、元号とともに変革してきた街でもあります。昭和から平成へ移行した1989年、アジア太平洋博覧会の開催によって「アジアの玄関口」として注目を集め、百道浜を中心としたウォータフロント開発が進んだとともに、ホークスが福岡へやってきました。さらにはイムズやソラリアプラザといった商業施設の開業など、天神の開発がスタート。あれから30年が経ち、平成が終わり令和へと移行しました。

そして今、福岡の街は、アジアの主要都市になるべく「街のデジタル(人工知能)化」を基軸にさらなる街改革に乗り出しています。とくに、天神・博多の商業エリアでは、街のデジタル化が顕著にあらわれています。私自身は、街の魅力の土台となっているのは「アナログ情報」だと考えていますが、アナログがいい、デジタルがいいという選別の時代も終わりを迎えようとしています。

そんな状況の中で「シティ情報ふくおか」は、時空を超えて街をつなげていく「どこでもドア」でありたい。つまり、変化に合わせて街のアナログ情報をデジタル情報へ、デジタル情報をアナログ情報へ変換し提供し続けることで、福岡という街と世界を繋げる「街の情報変換装置」であり続けること。それこそが私たちの存在意義なのです。

福岡には、まだ見つかっていない魅力がたくさんあります。そこをうまく発掘しながら、リアルな福岡の魅力を世界に発信していきたいですね。福岡の街のこれからが楽しみですし、「シティ情報ふくおか」の展開もぜひ楽しみにしていてください。

古後さん。シティ情報ふくおかオフィス前で撮影

 

[プロフィール]
古後大輔(こご・だいすけ)さん
昭和50年大分県別府市生まれ。福岡大学を卒業後、「シティ情報ふくおか」に入社。営業、編集などの経験を積み、平成17年に独立。フリーランス編集者として地元誌、全国誌の編集に携わり、平成20年に「シティ情報ふくおか」へ復帰。平成26年4月より編集長に就任。

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