福岡の醤油はなぜ甘い? その深~い理由と使い方を醤油ソムリエに聞いた

皆さん、「福岡の醤油は甘い」ってご存知でしたか? 九州外から福岡に来た人が口にすると「うわっ、何これ!? 甘すぎ」と驚き、福岡育ちで関東や関西に引っ越した人は「スーパーの醤油はどれもしょっぱい! 甘い醤油がない!」と戸惑ってしまうようです。そもそも福岡の醤油はなぜ甘いのでしょうか? 実は全国的にも珍しい“醤油ソムリエ”と名乗る人が、福岡にいます。世界初の醤油テイスティングバーを福岡市でオープンし、自ら醤油づくりに携わる福萬醤油7代目、大浜大地さんです。今回はそんな大浜さんに、気になる醤油のあれこれを伺ってきました。

■九州では醤油を甘くブレンドしている

―福岡県は、醤油屋さんが日本で一番多いと聞いたことがあります。本当ですか?

大浜 そうなんです。全国で醤油を製造している1,250社ほどのうち、約100社は福岡県にあります(平成30年9月現在)。昔は全国にもっと多くの醤油屋さんがあったけれど、戦後にだんだん減って。福岡に多く残っているのは、福岡独特の味と文化があり、それを支持する方たちがいるおかげだと思います。

―おっ、それは甘い醤油のことですね。

大浜 はい、福岡に限らず九州の醤油は甘くて、バリエーション豊富なのが特徴です。まずは醤油全体のことからお話ししましょう。醤油は、大豆と小麦を原料とした麹(こうじ)に食塩水を加えて、発酵させたものを絞った調味料。一番ポピュラーなのが「濃口醤油」です。関東あたりの家庭にあるのは濃口だけで、料理もさしみもこれ1本というのが一般的です。神戸生まれの「薄口醤油」は、食材の旨味を生かせるように味も色も薄い。ちなみに塩分は濃口とほぼ同じです。それから、三重県などで愛用されている、色の濃い「たまり醤油」もあります。

―福岡の醤油が甘いのは、それぞれのメーカーが甘く作っているということでしょうか?

大浜 福岡県では、地元のメーカーが集まって昭和41年に「福岡県醤油醸造協同組合」を設立し、筑紫野市にある国内最大規模の工場で一括して、濃口醤油と薄口醤油のもとを作っています。醤油の作り方自体は他の地域と同じですが、ここで作る醤油は、全国の品評会で最高賞となる農林水産大臣賞を何度か受賞するほど、非常にレベルが高い。醤油の決め手となるのは麹菌の管理で、福岡の組合には素晴らしいバイオ発酵学の先生がいらっしゃるんです。

―全国で最高レベルの醤油とは、すごいですね。

大浜 そうなんです。福岡の多くのメーカーはこの醤油のもとをベースにして、各社で火入れをした後に甘味料などをブレンドして、オリジナルの醤油を作っています。他の地域の醤油は火入れしたら完成ですが、福岡はブレンドするというのが一番の特徴。そのときに甘みを足すので、甘い醤油になるというわけです。ちなみに、醤油が甘いのは山口県あたりから西側で、九州全域にわたっています。

―九州外の醤油は火入れをした濃口醤油を販売していて、九州では濃口にさらにブレンドしていると。

大浜 福岡では濃口に甘みを加えて「さしみ醤油」や「うまくち醤油」を作っています。火入れが終わった無添加の濃口醤油は塩分が17~18%くらい。そこに甘みを足すことで塩分が下がり、うまくちは16%、さしみが15%くらい。福岡の家庭にはだいたい濃口とさしみの2種があって、使い分けていますね。さしみ醤油の甘さも、作る地域によって特徴があります。それは、醤油屋さんが三河屋さんをしていたからなんです。

―三河屋さん?

大浜 サザエさんに出てくるサブちゃんのことですよ。都市部を離れると、醤油を自宅まで配達してくれるのですが、そのときに「この前の醤油は塩辛かったから、もっと甘くして」などというお客さんの声を聞きながら、地域の味を作っていったという話があります。

―そもそも福岡で醤油を甘くするようになったのは、いつ頃のことでしょう?

大浜 おそらく17世紀以降だと思います。江戸時代、醤油は長崎の出島から海外に輸出されていました。当時、醤油と酒は花形の輸出品。醤油は今でこそ値段が下がっているけど、その頃は酒と同じくらい値段の高いものでした。一方、砂糖が輸入品として出島から日本に入ってきて、長崎から佐賀、福岡を通って、大阪や江戸へと運ばれた。ですから、九州では砂糖が比較的手に入りやすかったのでしょう。高級な醤油に貴重な砂糖をブレンドして、人をもてなそうという文化があったのかもしれません。

カウンターに並べられた醤油を1つ1つ解説する大浜さん

■さしみを食べるとき、九州の醤油ならベタっとつけて食べよう

―九州でも、鹿児島の醤油はさらに甘いと感じます。

大浜 九州内でも、福岡から南に行けば行くほど甘くなります。日本で一番甘い醤油は鹿児島産で、一番塩辛いのは北海道産じゃないでしょうか。私が調べたところでは、北海道の醤油は塩分22%、関東は18%。さしみ醤油なら福岡は15%、大分13%、鹿児島11%程度まで下がる。九州内は、基本的には近郊で釣れる魚に合わせて醤油を作っていて、例えば、福岡県内でも宗像や糸島などの海沿いはタイやイカがよくとれるので、タイやイカに合う甘めの醤油を売っている。北九州や飯塚などの工業地帯に行くと、少し塩分が高かったり。大分はアジやサバ、ひかりもので脂がのっているので、とろみがかかって甘みが強め、鹿児島はブリやカンパチに合わせて、さらに甘みが強くなっています。魚の脂には甘い醤油が合うということで、そうなってきたのでしょうね。

―関東の濃口醤油の塩分は18%で、福岡のさしみ醤油は15%。その3%の差が大きいのですか?

大浜 3%の違いはすごく大きい。海水の塩分って約3%なんですよ、この3%で使い方が変わってくる。関東の醤油で食べるときはちょっとつけるくらいがおいしくて、福岡はベタっとつけたほうがおいしい。関東の人は、福岡に来たときもいつもの醤油と同じように少ししかつけないと、あまり味を感じない。反対に、福岡の人が東京に行ったとき、いつものようにベタっとつけちゃうと、「塩っぱい!」となる。

―へー、それは大切な情報ですね。福岡の醤油を初めて味わった人は「甘すぎる!」と言われるけど、福岡の人はそこで落ち込まず、「さしみに多めにつけて食べてみて」とひと押しするといいのですね。

大浜 その通り、ぜひやってみてください。

小皿に注がれた醤油。テイスティング用に12種類も用意してもらった。

■醤油を選ぶときは、香りが好きなものを

―濃口醤油については、福岡と関東で差がないのですか?

大浜 大阪を境に東と西で、香りが全然違います。金沢の濃口と福岡の濃口、2つの香りを比べてみてください。(実際に匂わせてもらう)どちらがお好みですか? 金沢の濃口は塩みを感じる、とがった香りがするでしょう。それに対して、福岡の醤油は柔らかくまろやかな香りがする。だから、福岡の醤油は他のものとブレンドしてもなじみやすく、ブレンドに向いているといえます。ちなみに、この香りの違いは、菌の違いによって生まれるものです。

―確かに香りがずいぶん違いますね。

大浜 今、香りを比べていただいて福岡のほうが好きなら、味も福岡のほうが好みだと思います。醸造物は、味の8割が香りで決まります。舌で感じるよりも、鼻でおいしさを感じる部分が大きい。だから、醤油やワイン、日本酒などの醸造物を選ぶときは、好きな香りのものを選べば、だいたい間違いありません。

―こちらのお店にはいろんな種類の醤油がありますね。

大浜 私はこれまで2,000種以上の醤油を味見してきました。当店では、その中でも全国の醤油300種ほどを取りそろえています。九州の醤油は香りがまろやかで、何でもブレンドしやすい。ですから、甘みを加える以外に、カツオや昆布のダシ、海苔のダシ、ブドウの果汁、イチゴ、オリーブオイル、燻製の香りまで、いろんなものをブレンドした醤油があって、九州では1,200種類ほどが発売されています。醤油の好みは人それぞれなので、旅先の道の駅で地元の醤油を探してみたり、いろいろ試してみて、ぜひお気に入りを見つけてください。

―日本を代表する調味料の醤油には多様性があって、いろいろな楽しみ方があるということがわかりました。最後に、AKB48の総選挙にならって、大浜さんが自宅に置いておきたい醤油の「神7(セブン)」を教えてください。

大浜 う~ん、難しいですね。あえて選ぶなら、本醸造濃口、だしと合わせたうすくち、塩分ゼロ、さしみ2種、玉子ごはん専用昆布醤油、とうふかけ酢、かな…。醤油の世界って、ものすごく奥が深くて面白い。昔から日本人の身近にある調味料ですし、お手軽な価格なので、もっと多くの人に気軽に楽しんでもらえるようになるといいですね。

大浜さんが選ぶ、神7の醤油
(大浜さんが選ぶ、神7。写真左から、本醸造濃口、だしと合わせたうすくち、塩分ゼロ、さしみ2種、玉子ごはん専用昆布醤油、とうふかけ酢)

 

大浜大地(おおはま・だいち)さん
「福萬醤油」7代目、「九州醤油研究会」会長。1981年、北九州市生まれ。高校の2年間はニューヨークの公立校に通い、九州産業大学の写真専攻を卒業。福岡のウェブ制作会社勤務を経て、IT会社を設立。たまたまスペインで醤油の魅力を知り、1821年創業の福萬醤油と出会い、7代目社長に就任。2009年、天神で醤油をテイスティング販売する 「バル福萬醤油」をオープン。オリジナルの醤油も製造。日本で“醤油ソムリエ”と名乗る3人のうちの1人。
http://www.soywine.jp/

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