いま、崖っぷちにいるあなたへ。江口カン監督が映画『ガチ星』で説いた、もがいてもがいてもがく方法

手がけたCMが次々と話題をさらい、高い熱量とともに拡散される稀代の映像ディレクター・江口カンさん。KOO-KI(空気株式会社)の代表として地元・福岡を拠点にしながら、カンヌ国際広告祭では金賞と2度の銅賞を受賞。2020年東京五輪国際招致PR映像の制作や、“神スイング”のタレント・稲村亜美さんを一躍有名にしたトヨタのCMなど、国内外から高い注目を集めています。そんな江口さんが、近年その心血を注いでいるのが、映画です。平成30(2018)年4月より福岡を皮切りに全国順次公開予定の映画『ガチ星』は、福岡で誕生した競輪がテーマ。さらに、明太子「ふくや」創業者の半生を描いた福岡発のドラマ『めんたいぴりり』の映画版も、来年に控えています。今回は、撮影中の『めんたいぴりり』特設セット内で、江口さんにインタビューを敢行。華々しいヒットの裏に隠された、頑固で一途な映像愛について、お聞きしました。

 

大好きな映像で飯が食えるなんて、最高!

―映画『ガチ星』の劇場公開、おめでとうございます。この作品は、一度ドラマとして放映されてから、再度映画として編集し直され、今回の公開に至りました。まずは、その経緯について聞かせてください。

江口 この話はもともと、映画の企画として始まったんです。大きなスクリーンで見てほしい内容ですし、画づくりも機材も最初から映画になることを想定して準備しました。ただ、競輪というテーマだと動員が難しく、それでも世に出すためにはどうしたらいいかを考えた結果、「まずはテレビドラマでいこう」となって。だから今回の映画化で、ようやく本来表現したかった『ガチ星』に近づけたと思っています。

―映画化は必然だったわけですね。江口さんの中で、CMなど映像作品と映画との違いは何なのでしょうか?

江口 撮影している瞬間瞬間はどんな映像もあまり変わらない。だけど完成してからが映画と他は全く違います。福岡で宣伝配給を担当してくださってる方が「映画は完成した時は生まれたばかりの赤ちゃん。それを人に観てもらえるまで大切に育てるんだ」とおっしゃってました。つまり、僕らは作っている時は当然その作品を「オモシロイ!」と思って作っているわけですが、その映画が本当に面白いかどうかはどれだけの観客がどう感じたかで最終的には決まるんだってことなんです。そのためにたくさんの方々の協力で上映まで育て上げなければならないし、たくさんの方々に観てもらえないと作品として完成しない。残念ながら生まれたけど育ててもらえずに死んでしまう映画もあるんですから。

―そもそも映像にのめり込んだきっかけは何だったんですか?

江口 最初は本気で芸術家になるつもりだったんですよ(笑)。九州芸術工科大学(現在の九州大学芸術工学部)に入って、ナム・ジュン・パイクの影響を受けてビデオアートとか(空間を一つのアートとして表現する)インスタレーション作品を作ったりして。そのうち映像制作の依頼が来るようになってすごく儲かったんです(笑)。これなら、就職しなくても食っていけるんじゃないか。大好きな映像を作って飯が食えるなんて、最高だなと思って、卒業してすぐフリーの映像作家としての活動を始めました。

―そのまま仕事が引きも切らなかったということは、当時から強烈な個性を発揮していたということでしょうか。

江口 どうでしょう。自分ではわからないけど、とにかく納得いくまでやってましたね。部分的な仕事が来て、たとえ全体が面白くなくても、「せめて自分のパートだけでもすごいものを作ってやる」って。作れることや演出できること自体が嬉しくて、しょっちゅう徹夜して膨大な時間をつぎ込んでたんで、プロデューサーも「コスパがいいやつ」として面白がってくれたみたい(笑)。僕も若かったんで「俺なら(先輩ディレクターより)もっと面白いもん作れますよ」とか吠えまくって、そのうちにいろいろと任せてもらえるようになりました。

―江口さんが映像づくりにおいて、いつもこだわってきた点は何でしょうか?

江口 大事なのは「世界観を作ること」ですね。世界観さえしっかりできてれば、見る人の気持ちをグッと持っていけるんです。KOO-KI(空気)という名前も、その場の空気=世界観を作るという意味から。あとは、「妥協しないこと」。

―妥協、ですか。

江口 ええ。例えば、色調ひとつとっても、世界観を作るために絶対必要な色というのがあるんです。クライアントがCMの色味を気にして、「もっと明るくしてください」とか、世界観に反することを言ってきたとしても、そこは譲りません。演出で妥協してしまって世界が描けなかったら、自分が引き受けた意味がないですから。

―そうなると、衝突も起きそうですが。

江口 はっきり言って、ケンカの連続ですよ(笑)。でも、ケンカした後に仲良くできる人もいます。一回きりで終わっちゃう人もいるけど、それでいいと思ってるんです。仕事は、ちゃんと面白いものを作って、世間で面白がられて話題になって、次の仕事に繋がるっていう循環が健全だと思う。福岡は街が小さくて、誰かとケンカするといろんな悪影響が出るから、波風立てないように振る舞ってしまいがちですけど、表現にとってそれは健全ではないですよね。その点、東京はデカくて、誰かに嫌われても他の誰かが評価してくれるから、仕事しやすいなって思ったりして(笑)。 

―映画となると、クライアントと作るCMとはまた違いますね。

江口 でも、映画の世界にも“忖度”を感じることは多いです。僕はここ数年、韓国映画ばかり見てるんですが、韓国の映画は邦画より突き抜けてるんですよね。テーマ性がすごくあるのに、どエンターテインメントで、かつ誰もやっていないことをやらないと、世界で勝負できないってことがよくわかってる。でも日本は、国内のことを気にしがち。プロデューサーと話すと、ほとんどが「国内だけで制作費をいかに回収するか」って話ばかりで。だから、尖ったものが出てこない。でも本当は、世間にも映画業界の中にも、もっと突き抜けてて、骨のある映画を観たい人がたくさんいると思うんだけどな。そういう意味で、今回の『ガチ星』は、アイドルなんて出てないしマンガ原作でもない。中年のおっさんのチャレンジっていうウケそうもない内容だけど、どエンターテインメント!! 果たしてこれが一般ウケするのかという、ある意味では実験映画です。

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オワコンとは言わせない

―『ガチ星』は、どのように生まれた作品なんでしょうか?

江口 僕は自転車が好きで、ある日競輪学校のドキュメンタリーを見たら、元福岡ソフトバンクホークスの選手がいたんです。一度落ちたアスリートが第二の人生を歩むのは難しいことですけど、競輪はプロになれる年齢の上限がなくなったことで、いろんな世界から再起をかけてやってくる人がいて。しかも競輪は福岡から世界に広まった競技。描きたい要素が重なったんです。

―映画『ガチ星』に込めた思いについて、教えてください。

江口 『ガチ星』の企画を考えていた頃、世間でよく「オワコン(終わったコンテンツ)」って言葉が使われてたんですよ。それがどうもイヤで。人生や世の中に「終わった」なんてこと、ないのになと思って。その頃、僕より年上でもこれまでの経験を捨てて新しいチャレンジをしてる人が近くに何人かいて、カッコいいのかカッコ悪いのかよくわからないけど、尊敬できるなと。

―「もがけ! もがけ! もがけー!」というセリフから始まるのが、象徴的ですね。『ガチ星』の主人公・濱島にも、どん底まで落ちた先の、清々しさを感じました。

江口 『だめんず・うぉ〜か〜』で有名な漫画家の倉田真由美さんも言ってましたからね、「こんなに応援したくなるダメ男、見たことない!」って(笑)。

―この映画をどんな人に観てほしいですか?

江口 崖っぷちに立ってる人ですね。「俺、これからどうすんだろ」って思ってる人。飛び込んでみれば、期待した通りの成功にはならなくても、予想しなかった到達点があるんじゃないか。『ガチ星』のセリフにもありますが、自分が「これしかない」と感じたら、そこでひたすらもがくしかない。『ガチ星』の濱島にとってそれは競輪だし、僕にとっては映像なんです。それと、『レイジング・ブル』『どついたるねん』みたいな、骨太で男たちがぶつかるような映画、最近ないな〜観たいな〜って思ってる人、たくさんいるんじゃないかな。そんな人には大好物だと思いますよ(笑)。

―最後に、江口さんが福岡で映像制作を続ける理由を教えてください。

江口 自分の原点、根っこが何かということが、クリエイターにとっては重要なことで。それが、作るものに影響してくるからです。作風は、作るものじゃなくて、滲み出るもの。作り上げた作風なんて偽物ですよね。僕にとって福岡は自分の原点の一つであり、ルーツ。『ガチ星』にも『めんたいぴりり』にも、それが滲み出ているんじゃないかな。僕はこの街で、まだまだもがいていきたいんです。

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【プロフィール】
江口 カン(えぐち・かん)さん
昭和42(1967)年、福岡生まれ。九州芸術工科大学画像設計学科卒業。平成9(1997)年、KOO-KI(空気株式会社)共同設立。映画やドラマ、CMなどエンターテインメント性の高い作品の演出を数多く手がけ、平成19(2007)年より平成21(2009)年までカンヌ国際広告祭で三年連続受賞(銅賞、銅賞、金賞)。平成25(2013)年、東京五輪招致PR映像「Tomorrow begins」のクリエイティブディレクションを担当。同年、ドラマ「めんたいぴりり」の監督を務め、日本民間放送連盟賞優秀賞、ATP賞ドラマ部門奨励賞、ギャラクシー賞奨励賞受賞。他、監督作品に「めんたいぴりり2」「TOYOTA G’s『Baseball Party』」、サガミオリジナル『LOVE DISTANCE』、「龍が如く 魂の詩。」「スニッカーズTVCM」等。ドラマ『ガチ★星』はテレビ西日本で平成28(2016)年4月に放送、映画『ガチ星』は平成30(2018)年4月に劇場公開。映画『めんたいぴりり』は平成31(2019)年1月公開予定。

 

【関連リンク】
映画『ガチ星』
http://gachiboshi.jp
平成30(2018)年4月7日(土)より、ロケ地でもある地元・福岡中洲大洋映画劇場を皮切りに先行上映。5月26日(土)より、新宿K's cinemaほか全国順次公開。

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