メルチャリやアパマンに採用されたスマートロックの考案者が描く、未来のセキュリティ空間とは

安全だと信じていた自宅の鍵が、知らぬ間にコピーされ、勝手に部屋に出入りされていた……。ならば逆転の発想で、物理鍵をなくす方が、むしろ安全なのでは? ここ数年、スマートフォンなどで解錠・施錠するスマートロックが注目されています。中でも、実用化を進めるスタートアップとして、話題を集めているのが株式会社tsumug(ツムグ)。平成27(2015)年12月の創業後に開発したコネクティッド・ロック「TiNK(ティンク)シリーズ」のテクノロジーは、すでにメルカリのシェアサイクル「メルチャリ」に採用されています。さらに、APAMAN株式会社(以下、アパマン)と提携し、アパマンショップが賃貸管理するアパートに、2021年までに100万台のTiNKが設置される予定。福岡市の「Fukuoka Growth Next」に本社を構える同社の代表・牧田恵里さんに、起業までのいきさつやTiNKにかける想いなどを伺いました。

 

宮大工を志し、建築→IT→そしてスタートアップ

―御社が手がける「TiNK」とはどんなものですか?

牧田 TiNKは、スマートフォンや扉に取り付けるテンキー端末などで操作できるスマートロックです。1回だけ制限付きで鍵を発行するワンタイムキー機能、誰といつ鍵をシェアするか管理できるキーシェアリング機能、鍵を自動で施錠するオートセキュリティ機能などがあります。また、ドアの解錠・施錠履歴を閲覧できて、お子さんが帰宅したらリアルタイムに通知してくれるサービスや、独り暮らしの高齢者の見守りサービスなども用意しています。鍵自体はひとつのきっかけであって、TiNKは様々なサービスとつながることで鍵の領域を広げ、人々の生活を豊かにしてくれる、「コネクティッド・ロック」と呼んでいます。

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―牧田さんはなぜtsumugを立ち上げられたのでしょう。

牧田 私は宮大工になりたくて、大学では建築を専攻しました。でも、意匠の世界は狭き門だと知り、幅広い領域を学ぶ中で、住空間やライフスタイルに興味を持ちました。一方で、IT系の会社を経営していた母を手伝いたいという気持ちもあり、卒業後は勉強のためサイボウズに就職。3年後に母親の会社に入りましたが、数年で倒産という結果になり…まさにドラマ「半沢直樹」の世界を体験しました。

―20代で壮絶な経験をされたのですね。その頃から起業したいという思いが?

牧田 子どもの頃から経営者として海外と取引する母を見て育ちましたし、イチからモノづくりがしたいと思ったとき、起業しかないなと。平成25(2013)年に孫泰蔵さんが率いるMOVIDA JAPANに入り、投資先となるスタートアップの立ち上げや事業をサポートしながら、自分は何をしたいのか考えていました。泰蔵さんに「スタートアップやりたいです」と言って、何度かピッチした中で「目先のお金儲けを考えてない?もし牧田さんにお金がたくさんあったら何をしたいの?」とダメ出しされたのは、今でも鮮明に覚えています。当時、泰蔵さんは「Think Big」(大志を抱け)という言葉を使っていて、「まさにそれだなー、クソー」と悔しくって。

―それから鍵にいきついたのですね。

牧田 鍵がふと浮かんだんです。実は私、彼氏に合鍵を渡していて、別れた後に鍵は返してもらったけど、勝手にコピーされて家に出入りされていたという痛い経験がありまして。物理鍵は安全だと信じて生活していたので、コピーされていることも家に入られていることにも気付けず…ここは変えられる、変えなきゃと思ったわけです。

―強烈な原体験ですね。

牧田 これを話すと「どんな男と付き合っとんじゃ」「お前が悪い」なんて言われそうで、起業してもしばらく人には言わなかったのですが(笑)、同じ思いをしている人がたくさんいるに違いない、だから私が現状を変えなければと思った、起業の原点がここにあります。だからこそ、これまで何度めげそうになっても頑張ってきました。

―ハードウェアで起業するのは、ハードルが高そうですが。

牧田 そうなんです。でも、それを「できる!」と思った瞬間がありました。平成26(2014)年の頭、東京・六本木でIT業界の経営者や起業家たちが集うawabarで、オーナーの小笠原治さんがDMMの亀山敬司さんにDMM.make AKIBA(モノづくりのコワーキングスペース)を作りたいと交渉しているのをたまたま横で聞いて、「えっ、そんなのできるの?じゃあ、私もアップルみたいになれちゃうんじゃない!?」って大それたことを思って(笑)。DMM.make AKIBAのような場所でプロトタイプを作って、大企業で量産してもらえばいい、「わー、できるじゃん」と一気に視界が開けて楽観的になれました。

―鍵で起業すると決めてからは、どのように?

牧田 当時、日本でもスマートロックが発売されていたものの、あまり普及していませんでした。そこで、いくつかの不動産管理会社さんにヒアリングさせてもらったんです。その一つが今、提携しているアパマンさんでした。アパマンさんにはずっと話を聞かせてもらい、平成27(2015)年12月に秋葉原で創業。現場の声を取り入れながら、翌3月にDMM.make AKIBAでプロトタイプを作りました。量産にあたっては、平成28(2016)年の夏、シャープ主催の「モノづくりブートキャンプ」に参加して、企画から設計、量産、品質管理、安全基準、アフターサービスまで、シャープのノウハウを教えていただきました。同年の12月には、スマートロックの量産支援を目的にシャープと量産アクセラレーションプログラムの適用第1号となる契約を締結し、今もサポートを受けています。

―会社のメンバーは何人くらいですか?

牧田 最初はひとりで創業し、自己資金でプロトタイピングまで作ると決めていました。少しずつ人が増えて、今は業務委託で20人のプロフェッショナルがいます。私はすぐ議論をふっかけるし、へこみやすくて泣き虫だから、補填してくれるようなとても優秀な人たちが集まってくれて、おかげでここまでたどりつきました。

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鍵が変われば空間の使い方が変わる。鍵をもっと自由に

―秋葉原で創業して、なぜ福岡に本社を移したのでしょう。

牧田 MOVIDAにいたときから福岡とは縁があり、グローバル創業・雇用特区としての取り組みには注目していました。tsumugのプロトタイプが終わって、不動産会社に提案していけそうだと思い資金調達をしていた段階で、福岡市のサポートを受けたいと思い、本社を福岡に移しました。一緒にやらせていただいているアパマンさんは九州にゆかりがあり、Fukuoka Growth Nextができてからは福岡のコミュニティに対してワクワク感もあったので。福岡のコミュニティはアイデア豊富でスピード感とカオス感がすごいと思います。

―福岡市で創業するメリットは?

牧田 民と官がすごく近いこと。ハードウェアは行政の規制にひっかかり、実現しづらいことも多いのですが、福岡市にはいろいろなアイデアや意見を出しやすくて、これから実証実験も福岡でさせてもらうつもりです。

―2月には「tsumug Tech Day」を福岡で開催されました。

牧田 これは、うちのエンジニアなどがTiNKの開発プロセスを共有するイベントで、今回のイベント参加者の方にはTiNKの開発者キット「TiNK DVKβ」も無償提供する予定です。私がシャープさんのキャンプでたくさんの学びを得たように、ハードウェアに関わる人にとって何かしら学びのあるカンファレンスを主催したいと思い、今後も数か月に1度くらいのペースで、各地で開催していく予定です。加えて、オウンドメディア(http://edge.tsumug.com/)などでもいろいろな情報を共有して、みんなでTiNKを育てていけたらと思っています。

―これからの展望を教えてください。

牧田 まずはTiNKのサービスを多くの人に体験してもらうというのが今年の目標です。そして将来的には、TiNKによって空間の在り方を変えたい。例えば、ひとつの大きな建物があって、今は家族の家として使いやすいように区切られているけど、それぞれの部屋の入口にTiNKをつければ、もっと柔軟に自由な使い方ができます。今日はリビングをセミナースペースとして開放するから、関係者にはリビングの鍵を1日限定で発行して、出入りできるようにする。夏休みの1週間は福岡に行くから、東京の部屋を友人に貸す。家事代行サービスを入れるために、業者に1時間だけ鍵を発行する。宅配業者が玄関の中に荷物を置けるように、5分だけ解錠するとか。そんなふうに、空間の使い方の可能性を広げてくれるのがTiNKなんです。TiNKによって既存の鍵の価値観を変えて、もっと自由で豊かなライフスタイルを創造していきたいです。

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(2月20日にFukuoka Growth Nextにて開催された「tsumug Tech Day」から、エンジニアとの対談の一コマ)

 

【プロフィール】
牧田恵里(まきた・えり)さん
愛知県出身。東京理科大学理工学部建築学科に在学中、事業家としてキャリアをスタート。サイボウズ株式会社、不動産会社などを経て、平成25(2013)年4月孫泰蔵氏が率いるMOVIDAグループにジョイン。平成27(2015)年12月に株式会社tsumugを設立して代表取締役に就任。

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