東京にいる開発スタッフを福岡から管理 リモートワークの新形態を実践する敏腕エンジニアの話

Yahoo! JAPANグループのクラウドコンピューティングとデータセンター事業を一手に担う、株式会社IDCフロンティア。同社で約20年前から事業の中核を担い、次々と新しいビジネスモデルを確立してきた敏腕エンジニア・大屋誠さんは、今から1年前に東京から福岡に移り住みました。

現在大屋さんは同社の研究開発を担うR&D室の「室長」という立場で、ひとり福岡でリモートワークを実践しているといいます。

室長だけひとり福岡に? そもそもなぜリモートでお仕事を? 大屋さんご本人にお尋ねすると、彼が実践している仕事方法、さらには業界の今後を示唆するさまざまなお話を聞くことができました。

――まずは、大屋さんの経歴から教えてもらえますか?

大屋 僕はもともと福岡市出身で、九州工業大学でコンピュータサイエンスを学び、平成8(1996)年に国際電話事業を展開していた国際デジタル通信株式会社 (現株式会社IDC フロンティア)に就職しました。それからすぐにインターネットビジネスの時代がやってきて、当社もITの世界にジョインすることになります。その後、平成13(2001)年にデータセンター事業が立ち上がり、ここでシステムやネットワークの面倒を見るSE兼マネージャーをしました。さらに平成21(2009)年にはクラウドコンピューティングの時代が到来し、クラウドサービスの立ち上げメンバーを務めました。こうやって約20年間、時代の変化を見ながら、現在の当社の事業の2本柱となっているデータセンターとクラウドを育てていった、というのが簡単な僕の経歴になります。

――まさに、日本のインターネット発展の歴史とともに歩んできたわけですね。そんな大屋さんが1年前、東京から福岡勤務に。現在はどんなお仕事をされているんでしょうか?

大屋 ふたつあり、ひとつはR&D(Research and Development=研究開発)室長としての業務で、IoT向けプラットフォームサービスの技術開発などを、東京にいる開発者たちと連絡を取りながら行っています。Yahoo! JAPANのアプリ「myThings」と自作ハードウェアを接続するIDCFチャンネルなどの開発にも携わっています。もうひとつは、九州の市場開拓と“エヴァンジェリスト活動”。エヴァンジェリストとは「伝道者」のことを意味し、要はITの難解な技術をわかりやすく伝え普及する活動のことを指します。具体的には福岡市とYahoo! JAPANが結んでいる包括連携協定のデジタル人材育成分野で、クラウドコンピューティングサービスの提供や講義などを行っています。

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――「R&D室長」である大屋さんだけが福岡に来て“実動部隊”は東京に残っているということですね。

大屋 そうです。

――珍しいですよね。一般的には、逆のケースはよくあると思うのですが。そもそも、どのような経緯で(福岡—東京間の)、リモート形式のお仕事をすることになったのでしょうか?

大屋 それにはいろんな背景がありました。当社に限らず、クラウドサービスはコモディティ化(無個性化)が宿命です。今後、AmazonやGoogleといった超巨大グローバル企業と直接的に競合しなければなりませんから、日々の改善で一歩ずつ事業を拡大するだけでなく、これまでの領域を超えたイノベーションが求められています。プロダクトを作り出すにしても、いままでは海外サービスの追随が多かったのですが、これからはより利用者サイドに立ったサービスや斬新な体験そのものを作り出すことが必要となってきます。そうなった時に、皆が同じ環境にいて開発を行うのでは、組織として弱いんですよね。知人の言葉ですが、たとえばウェアラブルカメラの「GoPro」のようなプロダクトの場合、沖縄やアメリカ西海岸で生活している人の方が着想しやすいわけです。環境が創造を促すというか。しかし、日本の場合、開発のエンジニアや資金は東京に集中しているのが現状ですし、地方の優秀なエンジニアを採用する手段もない。かといって、いきなり支社を開設するほどの算段も立たない。そうなった時に、会社組織の一員でありながら、まずはひとりで“新天地”に行き、これまでとは不連続な場所で新規サービスを開発する必要があったんです。それに、自分が会社のコアに居続けることで、部下の成長を阻害しているような気もしていたので……。だから、自分が先陣を切って飛び出すべきかな、と。

――「脱東京」という視点で新たなチャレンジをしようという流れがあったわけですね。でも、どうして福岡を選ばれたのでしょうか?

大屋 僕が福岡出身だったからです……というのは冗談で(笑)、いろいろ条件が揃っていたんですよね。当社は平成20(2008)年より北九州でデータセンターを運営していて「アジアン・フロンティア」と名づけており、福岡を足がかりにアジアへと展開したいという目論みがありました。本社が東京にあり、社員も東京で生活している人が多いとなれば、放っておけば資源が東日本に集中してしまう。そこで西日本での展開を、福岡を中心にやっていこうと思い、ひたすら上司やメンバーを説得して回りました。最初は「(地元の)福岡に帰りたいから言ってるんでしょ?」という反応で、なかなかわかってもらえませんでしたね。もちろんそういう側面はなきにしもらあらずなのですが(苦笑)。最終的にはしっかり意義を理解してもらい、会社の期待を僕に託してもらうかたちで、移ってくることができました。

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――そうなんですね。福岡と東京のリモートワークですが、どのように仕事を進めていくのですか?

大屋 開発者とはSkypeでミーティングをしたり、月に一度は東京本社に行って直接的なコミュニケーションを取ります。現在はすでにメンバーの目標が定まって開発に集中しているので、進捗管理もスムーズですし、コミュニケーション面も大きな問題はないですね。この1年間で、僕もメンバーも、リモートワークでの進め方にだいぶ慣れてきました。

――リモートワークをする上での注意点や、コツのようなものがありますか?

大屋 基本的に立場が弱い遠隔者の側から、改善点や不満をはっきりと伝えて、何が困っているのかを相手にわかってもらうこと、だと思います。幸いにも僕はマネージャーで、立場の強い側が遠隔地にいるので、遠慮なく指摘ができるんですよ。例えばSkype会議なら「聞こえない」とか「もっとよく見せて」と、はっきり言います。一見些細なことのようですが、これを繰り返すことで向こうもこちらが望んでいることがわかってきて、ストレスなくコミュニケーションできるようになります。「よくわからなくても積極的にKYな発言をする」とか、「会議が終わったらカメラに向かって手を振る」なんかは、どんな相手とのテレビ会議でも使えるコツだと思いますよ。

――海外とのやりとりでも使えそうですね。対外的には、福岡に移ってきたことのメリットをどう感じていますか?

大屋 まずは、福岡のみならず九州全域の技術力が高い企業とパートナーシップを組めることが大きいですね。福岡は半導体設計関連企業を誘致していた実績があるためか、組み込み系の優秀な企業も多く、IoT分野をやっているものの、デバイスよりはクラウド寄りの当社にとってはパートナーシップを組みやすい。それに福岡には、頻繁に東京や海外を行き来している情報感度が高い人も多いので、何か相談をすればそのネットワークを通してあらゆる地域の適任者を紹介してもらえます。もともと世話好きの人が多いのか、相談毎に親身になって対応してもらえるので、とても助かっていますね。また、よく言われるいい意味での福岡の「狭さ」もメリットでしょう。東京にいる時には100人の中のひとりだったのが、福岡にいれば10人の中のひとりになる。東京だと人が多すぎて埋もれてしまう情報も、福岡からアプローチした方が正解に早くたどり着けるなんてこともあります。

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――おもしろいご意見ですね。では逆に、福岡で展開することのデメリットはありますか?

大屋 そうですね、まだまだ東京の方が取り組まれている技術の幅は広いと思います。それは、エンジニアとして経験できる仕事に関わってくることもありますが、足らない部分は、東京や海外などと協業し、福岡でも仕事をできるようなスキームを作ればいいと思っています。また、そもそも東京と同じ発展をしようとは誰も思っていないでしょうし、アジアに近い地理的条件からいっても、東京とは異なった発展のモデルがあると思います。ずっと福岡もいいですが、一度東京なり海外なりで経験を積んだ後に、福岡に戻ってくる人がもっと増えれば、面白くなるんじゃないでしょうか。「来る者拒まず、去る者追わず」だけでなく、去る人には新天地で頑張れよと励まし、いつ戻って来てもまたあたたかく受け入れてもらえる、そんな役割が、福岡なら担える気がしています。

 

【プロフィール】
大屋誠(おおや・まこと)
株式会社IDCフロンティア 技術開発本部 R&D室長/Civic Tech推進担当。ITとアウトドア好きで、14歳と7歳の子らとともに、福岡の大自然を満喫している。現在は鶏を18羽飼育中。さらに、IoT技術を使って蜂の行動情報を取得する養蜂について計画中とのこと。

【関連リンク】
株式会社IDCフロンティア
https://www.idcf.jp/

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