国内No.1の登山アプリ「YAMAP」がつくる、これからの未来と山の文化

電波が届かない山の中でも位置情報を確認することができる、登山アプリ「YAMAP(ヤマップ)」。これまで、登山中の位置確認は紙の地図や専用のGPS機器を持ち歩くことが一般的でした。ですが、専用器は安くても数万円はするため、気軽に購入できるものではありません。その点YAMAPはアプリ内の地図を事前にダウンロードすることで、スマホのGPS機能を介して現在地や経路を確認することができ、誰でも気軽に使えるサービスになっています。

アプリは現在120万ダウンロードを超え、日本最大の登山アプリにまで成長。さらに、昨年(平成30年)は約12億円の資金調達に成功しました。#FUKUOKA編集部は、そんな福岡のスタートアップシーンを牽引する、株式会社ヤマップ代表の春山慶彦さんにお話を伺いました。

――創業の理由、中でも福岡に本社を構えた理由を教えてください。

春山 私は福岡出身で、就職にあたって東京で暮らし始めました。働いてみると、東京は想像以上におもしろく、素敵な街でした。ただ良さがわかった分、年末に帰省した時、福岡の街が寂しく見える瞬間があったんです。若者も含め人が少なかったり、相変わらず支社経済中心だったり。生まれた場所や住んでいる地域によって、そもそもスタートラインが異なっている社会は理不尽だと感じました。東京とそれ以外の地方では、格差がどんどん開いているようにも思えて…。この状況を次の世代に残したくない。一所懸命やれば、東京でなくても自分の住みたい街で仕事をつくれるはずだ。たとえ小さくとも、自分の仕事を通してロールモデルをつくることができたら…。そう思って、平成22(2010)年に福岡に住まいを移しました。当時はまだYAMAPの構想はありませんでしたが、もともと30歳以降は会社に属するのではなく、独立して自分で仕事をしたいと思っていたので、どこで独立するかを考えた結果、地元の福岡を選びました。

また、東京で働いていた時はどんなにいい仕事をしても“街や風土に貢献している”という感覚は持てませんでした。雇用が生まれることで貢献できるインパクトを考えても、地方の方がやり甲斐を感じられる。そうしたことも、福岡を選んだ理由のひとつです。

春山慶彦さん

――いつごろから自然に興味を持つようになったのでしょうか。

春山 大学に入学してすぐの平成12(2000)年当時、屋久島を巡ったときからでしょうか。永田という集落で「お風呂だけ入らせてもらえませんか」と宿のご主人に相談したら、「今日はお客さんが少ないからご飯も食べて行っていいよ」と言ってくださって。ご主人とご飯を食べながら話していると、「魚の獲り方やさばき方、植物の見分け方を教えてやるから1ヶ月間、ここで働いていかないか」と誘われたんです。こんな機会は二度とないと思い、二つ返事でお願いしました。その時に連れていってもらった屋久島の海や山が、本当に素晴らしくて。「自分が知らないだけでこんなに美しい自然が身近にあったんだ」と驚き、それまで知らなかった自分を恥じました。

自転車も車も、道路を走るので見る景色はほとんど変わりません。道路ではない道を歩いた方が美しい風景に出逢えます。歩くことの大切さや尊さを知ったのは、屋久島での経験が大きかったですね。

――歩くことの魅力に気づいたのですね。

春山 そうですね。歩くことの楽しさを知り、その頃お世話になっていた大学の先生に登山へ連れていってもらいました。それから登山が好きになり、時間を見つけては比良山(ひらさん)系の武奈ヶ岳(ぶながだけ)や京都北山にある芦生(あしう)の森、北アルプスなどにも通うようになりました。大学卒業後はアラスカのフェアバンクスに2年間滞在。その後、東京にあるグラフィック雑誌『風の旅人』編集部に勤務し、30歳になる前に退社しました。それからふと巡礼路「カミーノ・デ・サンティアーゴ」を歩きたいと思い、スペインに渡って、約1,200kmを60日間かけて歩きました。

――実際に歩いてみて感じたことはありましたか?

春山 巡礼路がある北スペインは、町の多くが田舎です。中には人口100人に満たない村もあります。ですが、巡礼者が訪れることで地域経済が成り立ち、住人も自分たちの町に誇りをもっている。「歩く旅ってこんなに地域を豊かにするんだ」という発見がありました。

春山慶彦さん

――巡礼での経験が起業につながっているんでしょうか。

春山 間接的にはつながっています。ですが、直接的には平成23(2011)年 3月に起きた東日本大震災が大きかったですね。自然の力がどれほど圧倒的で、人間がつくったシステムがいかに脆く、私たちの命はなんと儚いものであることかを、突きつけられた経験でもあったと思います。

東日本大震災を経験した人間が、次にどんな一歩を踏み出すのか。あの哀しい経験を踏まえて、どんな仕事や社会をつくろうとするのか。生き残った人間として、問われているような気がしました。

そんなことを悶々と考えながらも同年5月に、大分県の九重連山を登りに行きました。登山中、現在地を確認するためスマホでGoogle Mapsを開いたら、真っ白い画面に自分の位置を示す青い点だけが表示されていて。電波が届かない山の中では、「やっぱり地図は使えないんだな」と思いました。1時間ほど歩いて、試しにGoogle Mapsを開くと、真っ白い画面のままだったのですが、青い点が移動しているのに気づいたんです。その時、全身に衝撃が走りました。「そうか! 現在地は、宇宙にあるGPS衛星から受信しているんだ。地上の電波がないから地図を表示できていないだけで、地図データさえあらかじめダウンロードしておけば、山でもスマホがGPS機器として使えるはずだ!」とひらめいたんです。

この仕組みが実現できれば、山での遭難事故を減らすことができるのではないか。また、登山を通して風土への愛着を育むことができるのでは、と思いました。20代で経験し考えていたことのすべてが、線でつながった瞬間でした。一生かけて取り組んでいい仕事だと直感しました。

――そこから平成25年のローンチまでが、準備期間ですか?

春山 試行錯誤の連続でした。ローンチするまでが、精神的にも金銭的にも一番きつかったかもしれません(笑)。

YAMAPのサービス構成に関しては私自身で考えたのですが、それを形にするためのエンジニアリングのスキルがありませんでした。福岡に帰ってきて間もなかったこともあり、エンジニアの知り合いもいなくて。エンジニアとして活躍していた唯一の知り合いが義兄(現在のYAMAP CTO)でした。彼にアドバイスをもらったり、福岡で活躍しているエンジニアの方々数名に手伝ってもらったりして、何とかローンチすることができました。

――ローンチされた当時から今のような形だったんですか?

春山 もちろんUI/UXはこの6年の間に進化していますが、ひとつのサービスでツールとコミュニティの両方を展開するという基本的な形(構成)は、今と同じです。

YAMAPにおけるツール機能とは、携帯の電波が届かない山の中でもスマホで地図が見ることができ、現在地がわかることです。また、自分の登山経験から、スマホなどのデジタル機器に頼りすぎるのは危険だということもわかっていたので、地図を紙に印刷できる機能もサービス当初からリリースしました。

YAMAPサービスの概要。山にいるときにはアプリ、いないときでもコミュニティサイトで、登山の楽しみ方を広げられる。
(アプリとWebサイトを活用することで、山にいるときもそうでないときも、登山の楽しみ方を広げられる)

――サービスとして「コミュニティ」機能を大切にされているのはどうしてですか?

春山 同じ趣味の人同士がつながることで、山の楽しみが深まり、リスク回避ができるからです。山や自然の情報は多岐にわたります。地域もさまざま。運営者側だけでカバーするのは非常に困難です。ウィキペディアのように、ユーザーの集合知で情報を網羅・発信する仕組みができればと思いました。まだ道半ばですが、コミュニティ機能を通して、今の時代にマッチする登山のインフラをつくりたいと思っています。

――昨年、12億円の資金調達に成功されましたね。

春山 「サービスが先、利益は後」のスタンスを維持するため、資金調達をしました。アプリ・WEBサービスは”一強多弱”の世界です。マネタイズは後回しにしてでも規模と質を優先し、圧倒的なサービスにしなければ未来はありません。規模と質を高めつつ、この1、2年の間にYAMAPらしい健全なマネタイズモデルをつくりあげていきます。

――具体的にはどんなことをお考えなのでしょうか?

春山 リアルでのタッチポイントでマネタイズができればと模索しています。登山保険の販売や登山用品を中心としたECショップの展開、ガイドとユーザーのマッチングサービスなどを考えています。もちろん、YAMAPのコミュニティ機能を活かす形で、企業・自治体案件も今まで以上に手がけていく予定です。

――今年の4月には音楽ライブやトークショー、アクティビティなど、自然と文化が融合したフェスを主催されるそうですね。

春山 雑誌広告やテレビCMにお金を使うよりも、地域に貢献する形で体験型のイベントを開催する方がYAMAPらしいと思い、「CALLING MOUNTAIN 2019」を企画しました。フェスの開催・運営は手間も費用もかかるので大変なのですが、YAMAPのブランドメッセージである「あたらしい山をつくろう。」=「山の文化づくり」の一環として、今後も継続して取り組みたいと思っています。

――最後に今後の展望を教えてください。

春山 自然×ITの分野で結果を出し、社会に良質なインパクトを与えている地方ベンチャーは、私の知る限りまだ存在しません。趣味というニッチ分野で活躍しているベンチャーもまだまだ少数です。私たちYAMAPは、そこに挑戦しています。また、AI(人工知能)が進めば進むほど、「人間とは何か」「命とは何か」「知性とは何か」「環境と人間の関係性とは何か」という根源的な問い返しがくると私は思っています。その意味で、「遊び」や「自然の中で身体を動かす」という登山・アウトドアの領域は、社会的意義も市場規模も深まっていく。そう考えています。

YAMAPの事業を通して、社会の一隅を照らしたい。次の世代に少しでも価値ある仕組みと生きるに値する世界を繋いでいきたい。その覚悟を忘れず、メンバーと力を合わせて事業に取り組む日々です。


 

【関連イベント】
「CALLING MOUNTAIN 2019」
日時:4月13日(土)10:00~4月14日(日)12:00
会場:くじゅうやまなみキャンプ村 大分県玖珠郡九重町田野267-18
https://callingmountain.com/


【プロフィール】
春山慶彦(はるやま・よしひこ)さん
昭和55年生まれ、福岡県春日市出身。株式会社ヤマップ代表取締役。同志社大学卒業、アラスカ大学中退。ユーラシア旅行社『風の旅人』編集部に勤務後、平成22年帰福。平成25年にITやスマートフォンを活用して、日本の自然・風土の豊かさを再発見する“仕組み”をつくりたいとYAMAP(ヤマップ)をリリース。平成26年度グッドデザイン賞を受賞し、同賞ベスト100にも選出。平成27年春、ベンチャー界の登竜門的イベント「B DASH CAMP」のピッチアリーナで最優秀賞を受賞。平成29年1月ベンチャーとして初めて環境省の国立公園オフィシャルパートナーに認定。

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