福岡発の投資会社ドーガンが見た、福岡スタートアップシーンの現在、そして未来

平成30(2018)年は、福岡から10億円以上の資金調達に成功した企業が数社出るなど、福岡のスタートアップシーンにとって躍進の年となりました。11月末には、福岡市のスタートアップを象徴する施設として、国内外から多くの方が視察に訪れる「Fukuoka Growth Next」がリニューアル計画を発表し、今後ますます活況を呈していくと予想されます。

今日のようなスタートアップシーンが形成されるまでには、個々の起業家をシード期(準備段階)からサポートし続けてきた投資会社の存在があります。九州におけるその代表格が、株式会社ドーガン。「どがんですか(=いかがですか)?」という社名の由来のとおり、福岡をはじめ九州の企業の経営課題に対して、投資と経営アドバイスの両軸でサポートしてきた九州専門の投資会社です。スタートアップ黎明期から関与し、シビアにビジネスしてきた彼らは、現在の福岡のスタートアップシーンをどう見ているのか。ドーガンの共同創業者であり、平成29(2017)年に起ち上げたベンチャー投資を専門に行う「ドーガン・ベータ」の代表取締役パートナーでもある、林龍平さんに伺いました。

九州のために何ができるか

――ここ数年で福岡のスタートアップシーンはますます活気づいているように感じます。林さんの感覚としては、いかがでしょうか?

林 ええ、その実感はあります。平成30(2018)年を振り返ってみると、我々ドーガン・ベータが投資したスタートアップから、10億円以上の資金調達に成功した企業が3社出ました。その一つ、登山情報サイトを運営する「ヤマップ」は、アプリが110万ダウンロードを達成し巨大な登山コミュニティに成長していますし、釣り情報サイト等を運営している「ウミーベ」もエグジットしました。また、20代前半の若い世代にも面白い起業家が出てきて、世代が新しくなっていく兆しも感じられる年でした。福岡のスタートアップシーンはここ10年で様変わりし、調達額も大きくなっているなど、確実に成長していると感じます。

――ドーガンさんも大きく貢献してきたと思います。

林 ドーガンは、“金融の地産地消”を目指して平成16(2004)年に設立しました(創業当時の社名は株式会社コア・コンピタンス九州)。当時、投資ファンドや企業再生・M&Aを専門とする企業は東京ではいくつか出てきていましたが、地方にはまだいなかったんです。それを、自分たちでやろうと思って立ち上げて。

――当時はどんな様子だったのでしょう。

林 東京がベンチャーブームの真っただ中だった平成11(1999)年〜平成12(2000)年。九州でも元気のいいITベンチャーがいくつか出てきていました。しかし、平成15(2003)年は銀行の不良債権問題が勃発し、“ハゲタカファンド“と揶揄されたように、弱った企業を狙った外資系ファンドが不良債権を買い漁る光景が東京で繰り広げられました。その余波が九州にも届いてきたのです。

その頃、私は外資系金融会社のシティバンクにいて、富裕層の資産運用に関する仕事をしていました。すると、ハゲタカファンドに自分や友人の会社が買収されそうだとか、民事再生手続きをすべきか悩んでいるとか、助けを求める悲鳴がたくさん聞こえてきたんです。しかし、世界に40万人もの従業員を抱える米国企業のシティバンクは、九州の再生案件に全く取り合いませんでした。

悶々とする日々の中で、ある方からこう言われたのです。「結局君たちがやっている仕事は、我々のお金を預かってアメリカに送っているだけだよね」と。言い分はありましたが、確かにそうだとも感じ、このままでいいのか、ものすごく考えましたね。

――地元に貢献できていない歯がゆさがあったということでしょうか。

林 はい。支援を求めているクライアントのためにも、自分たちでやるしかないと決意して、前職のメンバーでドーガンを起ち上げました。創業後はファイナンス系のコンサルティングやアドバイザリーを中心に、企業の再生支援やM&Aの仕事を手がけていました。しばらく奔走した後、平成18(2006)年に、ベンチャー投資および中小企業の第二創業をテーマにした最初のファンドを起ち上げました。

――当時はまだベンチャー自体少なかったのではないでしょうか?

林 ええ。ドーガンの名前はおろか、ファンドやベンチャーキャピタル(VC)というもの自体が福岡では認知されていませんでした。ハゲタカファンドという強烈なネーミングの影響か、ファンドと名乗るだけで敬遠されることも多かったし、ベンチャーが上場を目指してVCから資金調達をするといった手法もまだ一般的ではなかったので、ひたすら啓発活動に近いことをやっていました。

そうこうしているうちに、リーマンショックに襲われます。普通の企業ですら資金調達が思うようにできない状況の中で、ベンチャー企業なんてなおさら無理では、という空気が漂いました。当時は上場企業が年間30社出るのがやっとで、九州にいたっては1社も出ない。そんな時代が2〜3年続き、ようやく落ち着いてきたと思った矢先に、今度は東日本大震災で……。

――こうして辿っていくと、試練続きですね。

林 もう、激動すぎてあまり記憶がないんです(笑) 転機となったのは、平成24(2012)年に行ったシリコンバレーへの視察でした。コワーキングスペースに起業家が集まり、投資家も定期的に顔を出す。そこでセレンディピティ(偶然の出会いや発見)が生まれる。これを福岡でもやれないかと考えて、同年にコワーキングスペース「OnRAMP(オンランプ)」をオープンさせ、ベンチャーファンド「九州アントレプレナークラブファンド」も同時に起ち上げました。このあたりから、ただ投資をするだけじゃなくて、起業家を盛り上げる仕組み自体を作るということを念頭において、活動するようになりましたね。

2019doganbetahayashi02.JPG

ない市場を作る、あるべき未来を描く

――ベンチャー投資を専門に行うドーガン・ベータを、平成29年に設立されました。ドーガン・ベータの役割は何でしょうか?

林 我々の課題意識のひとつとして、そもそも九州におけるベンチャー投資額が少なすぎるということがあります。日本における国内企業へのベンチャー投資残高は約3,000億円で、数兆円規模のシリコンバレーと比べると圧倒的に少ない。九州はさらに少なく、100億円程度です。九州の1割経済の理論でいうと、300億円くらいあってもいいはずなのに、3%程度というのが現実です。このバランスをどうにかしないことには、スタートアップも育たないと考えています。

そんな中で、福岡に我々のような投資家がいれば、シード期に直接我々から投資もできますし、九州に関心を示す東京の投資家とネットワークを作って、一緒に資金提供できる形に持っていけるかもしれない。その投資先が成長すれば、次のステージでの資金調達もしやすくなる。ドーガン・ベータが呼び水となって、リスクマネーを東京や海外から引っ張ってくることが大きな目的です。

――そのベンチャーが投資対象となるかどうかの、判断基準を教えてください。

林 「チーム」「戦略」「市場」「収益性」「社会性」。この5つの条件を全てクリアしないと投資しないというのが、私たちのやり方です。「戦略」と「収益性」は投資前のディスカッションを経てしっかり固めていく必要がありますが、市場については、その段階で市場がなくてもこれから大きくできる可能性があればいい。大事なのが社会性で、未来を良くすることができるかどうか。投資家は色々な人の思いを乗せたお金をお預かりしているので、ただ儲かればいいわけではなく、世の中をどう良くするのかを重視します。そこに描くものがないと、いいメンバーも集まらないし、経営者もモチベーションが続かないかもしれない。苦しい時に原点に帰れるような旗印があるかどうか。そこが大切です。

――福岡のスタートアップシーンの課題は何でしょうか?

林 よくメディアでも指摘されることですが、スタートアップシーンとして盛り上がってはいても、指標となるようなロールモデルや成功事例がまだ少ないことも事実です。今のうちに成功のロールモデルを出さないと、リーマンショックなどまた外部から何らかのショックが来た時に、軽く飲み込まれてしまいかねない。そうなったら、もう福岡にベンチャーブームなんて二度と起こせないかもしれません。「日本で注目すべきは、東京の次に福岡」という追い風が吹いているうちに、ロールモデルを確立したいという、危機感にも似た使命感はあります。今の投資先をしっかりエグジットまで導き、ちゃんと結果を出して、私たちが先陣を切ってロールモデルを示していきたい。そうした経験値を積み重ねて、地方最速のスピード上場にチャレンジしていきたいですね。

――ドーガンベータとしての、平成31(2019)年の抱負を聞かせてください。

林 ドーガン・ベータという会社は、ドーガングループの事業拡大戦略の一環で、ドーガンの100%子会社という形で平成29年に分社化により設立された会社です。3年目を迎えるにあたり、より専門性を高め、機動的で質の高い投資ができるように、私とパートナーの渡辺麗斗でドーガン・ベータの過半数株式を取得しました。社名や住所が変わるわけではないので小さな変化にも思えますが、日ごろお付き合いしている起業家の皆さんと同じように、覚悟をもって、人生を賭けて事業に取り組むという意味では、とても重要な節目になると思っています。

――最後に、福岡でこれからビジネスを大きくしていこうという起業家に向けてメッセージをお願いします。

林 未来のことは誰にもわかりません。一般的なファイナンスは未来を予測するところから始まりますが、ベンチャーは予測できない未来を扱いますし、だから夢があるとも言える。なので、先が見えないことにネガティブになるのではなくて、どんな未来になったらいいかという発想でビジネスを作っていくことが大事だと思います。そして、一人で悶々と考えずに、いろんな人にアウトプットして共感する人を増やすこと。私たちにも、躊躇せずに相談してください。一緒に福岡から、未来をよりよくするビジネスを作っていきましょう。

2019doganbetahayashi03.JPG

 

[プロフィール]
林 龍平(はやし・りょうへい)
株式会社ドーガン・ベータ代表取締役パートナー、株式会社ドーガン取締役。住友銀行、シティバンク、エヌ・エイを経て、株式会社ドーガンに参画。主にベンチャー支援業務に取り組む。平成24(2012)年に起業家支援のためのシリコンバレー型コワーキングスペース「OnRAMP」を福岡市に開設。また、平成26(2014)年には福岡市が中央区天神に開設した「スタートアップカフェ」の設立プロジェクトにも参画するなど、地元起業家のコミュニティ形成支援を行っている。平成29(2017)年、ベンチャー投資を専門に行う株式会社ドーガン・ベータを設立し、代表取締役に就任。

アクセスランキング