カルチャー系のウェブメディアやウェブサイト制作などを手がける株式会社CINRA(シンラ)が、平成27(2015)年6月より開始したシティガイド『HereNow(ヒアナウ)』。従来の一般的なトラベルガイドとは違い、現地のクリエイターや編集者がキュレーターとなり独自の視点で取材、執筆。カフェやギャラリー、ショップなど現地のよりコアなスポット、そしてイベント情報を、日本語・英語の2言語で紹介しています。
そんな新しいバイリンガル・シティガイド『HereNow』に、福岡が仲間入り。東京、京都、沖縄、台北、シンガポールに続き、平成28(2016)年3月31日から新たに福岡版がスタートし注目を集めています。
「HereNow FUKUOKA」
https://www.herenow.city/fukuoka/
なぜ福岡版を始めることとなったのか。福岡の魅力、また今後の街としての可能性とはいかなるものなのか。CINRAの代表・杉浦太一さんと『HereNow』担当ディレクターの丸田武史さんにお話を伺いました。
■福岡の魅力はどこからも制約を受けずに自立できていること
——CINRAとはどのようなことをしている会社か教えていただけますでしょうか。
杉浦 大きくわけてふたつ、自社のメディア事業とWebサイト制作などの受託事業とがあります。自社のメディア事業では、音楽やアート、映画などを紹介するカルチャー・クリエイティブ系WEBマガジンの『CINRA.NET』、そうしたカルチャーが好きな人に向けてクリエイティブ系の求人情報を提供する『CINRA.JOB』、さらにはクリエイターさんたちの作品を販売する『CINRA.STORE』といったさまざまなメディアを運営しています。CINRA.NETは、現在月間600万PVで、カルチャー系のなかでは比較的大きな規模感を持ったメディアだと思います。
——その自社メディア事業のひとつとして、バイリンガル・シティガイド『HereNow』があるというわけですね。
杉浦 はい。アジアのバイリンガル・シティガイドということで、2015年の6月にローンチしました。現在は日本語と英語で展開しているのですが、今後はもっとマルチリンガルにしていく予定です。また台北とシンガポールだけでなく、アジアの各都市もどんどん増やしていこうと思っています。そして、よくありがちな観光ガイドとしてではなく、いまその街で何が熱いのか、何が起きているのか、若者が何を考えているのかといったことをリアルタイムでキャッチできるガイドにできたらいいなと。
——ユーザーからの反響はいかがですか?
丸田 いい反響をいただくことが多いです。ただ言語展開が2カ国語であることから、今のところまだ国内の人たちに見られているのが多い段階です。
——いわゆる観光名所だけではなく、ディープな場所やイベントも紹介されていますね。
杉浦 僕自身旅行に行ったとき、主要な観光地を一通り巡り終わったあとの2、3日目には、もっとディープなものを見聞きしたいなと思うことが多いのですが、そういった要望に応えられるメディアにしたいと思っています。旅ってまだまだ情報が画一的じゃないですか。そんなフィールドは他にない。これだけ情報が多様化しているにも関わらず、旅は価値観ごとのセグメントがまだまだなされていません。
——たしかに旅の楽しみ方は、それぞれあってしかるべきかもしれません。
杉浦 それに好きなものというのは国境を超えるものです。その際、ネックとなっている言語の壁をマルチリンガルに対応することでなくし、旅というフィールドにおいて、国境を超えて同じ価値観を繋ぐ手助けができればいいなと思っています。
——そんな『HereNow』において、国内では4都市目として選ばれたのが福岡。なぜ今回、福岡が選ばれたのでしょうか。
杉浦 個人的な話になりますが、僕がはじめに福岡を意識したのは、音楽を通してです。福岡はとてつもない音楽の宝庫じゃないですか。自分も音楽をやっていたので、福岡と聞くと「めんたいロック」といわれるザ・ルースターズやシーナ&ザ・ロケッツ、そしてナンバーガールといったアーティストたちの出身地で、才能あふれる街だという印象がありました。そして、頻繁に訪れるようになったのは4年ほど前。別の仕事で福岡に行く機会が増え、そのときに純粋に「良い街だな」と思い、HereNowをやるなら早期に福岡版をつくりたいという気持ちが生まれました。
——どのような点が良い街だと感じられたのでしょうか。
丸田 まずは、そこに住む人が、自分の街を愛しているところです。福岡の人は「福岡愛」、「九州愛」が深いですよね。旅先でよく思うのが、自分の住んでいるところを誇らしげに話せる人は素晴しいということ。それはたとえば自分が海外を訪れた際、自分の国をどういう風にプレゼンできるのかということと一緒だと思っていて、それができる都市に住む人やその街はやっぱり魅力的だと思います。そしてよく言われることですが、やはり街のコンパクトさ。移動費が少ない、家賃が安いという声を移住者からも聞くことが多いです。
杉浦 そうしたインフラ面での強みはもちろん、福岡はすごく自由な空気感がある。たとえば(地価や物価の高い)東京にはまず「経済」という制限がある。京都や沖縄には「歴史」や「文化」という枠組みが少なからずあります。しかし福岡は、どこからも制約を受けずに自立できているように思えます。それゆえか、福岡を訪れると、人も街もフラットに、いつも自分を迎え入れてくれるような空気感が漂っているように感じます。だからいつでも気持ち良く街を歩くことができる。
——人にも自由な雰囲気があると?
杉浦 はい、福岡の若いフリーランスの方や飲食店の人たちと話していると、大企業で仕事をすることが大事なのではなく、自分たちがやりたいと思うことを自ら選び取っているような印象がある。こうしたスタンスは、これからの働き方を考える上でもとても重要なことのような気がします。
■“日本の福岡”ではなく“アジアの福岡”という存在に
——福岡を実際に何度も訪れるなかで、何か意外だった発見はありますか?
丸田 僕は北海道出身なのですが、北海道の人と九州の人とは、外から来た人を拒まないという点で近いところがあるなと感じました。北海道からすると福岡は本当に都会ですけれど、それでも思ったよりも「狭い世界」だとも思いましたね。友だちの友だちは繋がるといったように、人との距離感が近い。
杉浦 距離感というところでは、思っていた以上に佐賀や熊本といった周辺の県が近いということは驚きでした。湯布院まで温泉入りに行ったり、呼子のイカを食べに行ったりなんてことが、結構気軽に出来てしまう。この距離感は関東の地理感ではまずないものですし、ここまでいろんな文化が短時間で味わえるのは独特なんじゃないでしょうか。
——それでは、今後より福岡が魅力的な都市になるために必要だと思われることがあれば教えてください。
杉浦 いやいや、そんなこと言える立場でもないんで(苦笑)。でも、あえて言わせていただくなら、観光都市としての魅力をより一層高めたり、ハブ化を進めることで、新たな可能性が切り開かれていくのではないかという気はします。観光都市としての魅力を高めていくのであれば、便利さやご飯のおいしさだけではもったいない。たとえば歴史。九州は日本史を語る上で重要な地域が点在していますが、福岡だけでなく九州全体の歴史的なものをまとめてアピールし、その(観光)拠点として福岡があるという提案は、他の都市では得難い、福岡独自の魅力と言えるのではないでしょうか。あるいはアジアのハブとしての福岡を打ち出すこと。もっと受け入れ態勢を強化することで“日本の福岡”ではなく“アジアの福岡”という存在になり得るのではないでしょうか。
【プロフィール】
杉浦太一(すぎうらたいち)
1982年東京生まれ、CINRA, Inc.代表取締役。2003年、大学在学中にCINRAを立ち上げる。アート、デザイン、音楽、映画など日本のカルチャー情報サイト『CINRA.NET』の運営や、企業や行政のメディア制作・運営、海外展開支援などに従事する。
丸田武史(まるたたけし)
1984年北海道生まれ。帯広育ち。タフでハーコーな、流浪の民。主にメディア運営と、制作全般に従事する。
【関連リンク】
株式会社 CINRA
https://www.cinra.co.jp/