サイバーコネクトツー松山社長に聞く 「KYUSHU CEDEC 2015」成功の舞台裏

1999年にスタートし、例年、神奈川県のパシフィコ横浜で開催されてきた日本最大のゲーム開発者向けカンファレンス、「CEDEC(セデック=Computer Entertainment Developers Conference)」。既報のとおり、去る10月17日にこのCEDECが「KYUSHU CEDEC 2015」として九州初上陸し、大盛況のうちに幕を閉じました。
そんなKYUSHU CEDEC 2015の“仕掛け

人”として奔走していたのが、福岡屈指のゲーム制作会社・サイバーコネクトツーの松山洋社長。今回は、カンファレンス成功までの道のりを追いながら、松山社長がKYUSHU CEDEC 2015にかけた想いを伺いました。

過去の焼き増しではない、“九州版CEDEC”へのこだわり

――松山社長ご自身もCEDECの運営委員とお伺いしたのですが、なぜ今回九州・福岡でCEDECを開催することになったのでしょうか?

松山 関東で例年開催されるCEDECは今年で17回目を迎えまして、ここ数年は来場者も6000人を超え、ゲーム業界の人口や規模を考えると一つの到達点に達しました。そこで、次はなかなか関東の会場に足を運べない地方の企業のために、関東以外の場所でも開催しようという意見が挙がっていたんです。そうして昨年暮れには札幌、今年のはじめには大阪で地方版CEDECが開催され、「次は福岡で」と声がかかっていました。

――そこで、松山社長が実行委員長を務めることになったのですね。

松山 福岡には九州・福岡のゲーム制作会社で結成したGFF(GAME FACTORY'S FRIENDSHIP)という任意団体がありまして、普段から当社・サイバーコネクトツーもメンバーとして人材の発掘と育成を担当するなど福岡のゲーム産業を盛り上げるための活動をしています。そこで、今回のカンファレンスも福岡のゲーム産業を盛り上げる未来の担い手を育成する場として、当社が音頭を取って運営を手がけることになりました。で、せっかくやるなら「九州じゃないとできない地方版のCEDECをやろう」と思ったんです。

――具体的にはどのようなところに“九州版CEDEC”としてのこだわりがあったのでしょうか?

松山 まず一つが、カンファレンスのオープニングを飾った基調講演に、レベルファイブの日野晃博社長を呼びました。講演は超満員でしたが、実はこれ、私が日野さんに直談判して実現したんです。「日野さんこそ九州のゲーム業界の顔なんだから、必ず出てくれ」って。すると日野さん、「僕が松山さんの頼みを断ったことある?」と快諾してくれたんですよ。まぁ、日野さんも日本屈指の超多忙クリエイターの一人ですが、二つ返事で快諾してくれたくらい今回の『KYUSHU CEDEC 2015』は福岡のクリエイターが全力で協力して完成したイベントだったんです。

――カンファレンスの最後には、『キングダム』の原泰久先生も登壇されましたよね。

松山 原先生の講演も、私が今回のカンファレンスを開催するうえで渇望していたコンテンツのひとつでした。原先生は漫画家になる以前はIT企業で働かれていて、そこから脱サラして『キングダム』の連載をスタート、去年スタジオと家族を連れて福岡にやってこられたんです。その情報を聞きつけた大の『キングダム』好きの私は、原先生に会いたくて仕方がなかった。そこでありがたいことに会食の機会をいただいて、物語の制作秘話をお聞きしたんですが、それがもう面白いのなんの! で、その時から「九州でCEDECをやる暁には、先生にもぜひ登壇してほしい」と話をしていたんです。

業界の閉鎖化が生んだ、大きな課題

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――そして、会場の各所で開かれていたセミナーもどこも大入りでした。

松山 その個々のセミナーにもKYUSHU CEDECならではのこだわりがありまして、主催のほとんどが福岡の地元企業なんです。当社のようなゲーム会社をはじめ、別分野のIT企業や映像制作会社、そして福岡市役所にも1コマ持ってもらって、九州でゲームに限らず、エンタメに従事している人たちが広く情報発信ができる場を目指しました。

――なるほど。しかし、それだけいろいろな企業が参加して講演を行うとなると、競合他社が互いに自分の手の内を見せるような形になってしまうのではないでしょうか?

松山 確かにそうですね。でも、私は日本のゲーム業界の“失敗”は、すべてこうして互いに情報を出し、共有し合わなかったことに原因があると思うんです。

――と言いますと?

松山 ゲーム業界は、これまで自社のテクノロジーや情報を世に出さず、ずっと守り続けていました。けれど、最終的に守れたのは何かというと、「特許」だけ。蓋を開けると業界自体が非常に閉鎖的になってしまったんです。そうしたシワ寄せは、いままさに日本のゲーム業界の人材育成に悪影響を及ぼしています。例えば、いまも昔も小学生の子どもたちに将来の夢を尋ねると、サッカー選手や野球選手に並んで「ゲームを作る人」と挙げる子どもはたくさんいます。けれども、中学生、高校生、そして社会に出ようとする学生に同じ質問をすると、ゲーム業界に進みたいという人はどんどん少なくなる。なぜなら、みんなどうすればゲーム業界に入ることができるのか、その情報がまったくないから、そもそもの進路の選択肢から外れてしまうんです。

――ということは今回のKYUSHU CEDEC 2015は、そうした学生にゲーム業界で働く夢を具体的にイメージしてもらうという意義も含まれていたんですね。

松山 その通りです。それに、こうした形のカンファレンスはゲーム業界の活性化に必要不可欠だと思います。というのも、クリエイターって面白くて、他人から何かを教えられると「なるほど! 勉強になる!」と感心すると同時に、「いや、でもこっちだってこんなすごいことやってんだぞ!」と、与えられっぱなしの状況を悔しがる性(さが)がある。教えを乞うだけじゃなくて、刺激を受けると相手を殴り返しに行くんですよね(笑)。今回のカンファレンスは、そうしたクリエイター同士の負けず嫌いな部分を揺さぶることで生まれる相乗効果も狙ったんです。

福岡にはオタクが少ない!?

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――今回のカンファレンスで刺激を受けたクリエイターや学生は、間違いなく相当数いたと思います。来場者数はどれくらいだったのですか?

松山 最終的には800人ほどの来場者がありました。その内訳は、地元のゲームメーカーのスタッフが300人、ゲーム業界を目指す学生が200人、ITや映像などゲーム業界以外の企業の人が100人、そして、スポンサー含めた関係者が100人です。このほか、関東関西やアジア圏からの参加者が100人いました。

――会場には同時通訳も入れていらっしゃいましたが、海外からも参加者がいたのですね!

松山 そうなんです。これは九州・福岡ならではの利点なんですが、福岡とアジアってすごく近いんですよね。当社も海外のクリエイターと仕事をしているんですが、例えば福岡から中国・上海までの所要時間は1時間半。これは福岡から東京に行くのとほぼ同じですから、私たちは東京に行く感覚で上海に行けるし、逆もまた然り。今回のカンファレンスも、上海に営業に行ったスタッフがついでに現地でたくさん告知をしてくれたようなので、そのおかげで海外からの来場者もいたのではないでしょうか。

――ちなみに、ここまでの盛会は当初から予想していたことだったのですか?

松山 いいえ。実のところ、当初は500人来ればいいなと思っていたんです。これは私の持論なんですが、福岡という街は人口密度の割にオタクが少ないんですよ。福岡は東京、大阪、名古屋に次ぐ大都市ですが、アニメの視聴率、ゲームの売り上げ、漫画の売れ行きが非常に低い。福岡って音楽やファッションには敏感な人が多くて、清潔感があるイメージがあるのは、多分この“オタク率”が低いからだと思うんです。だから、本当に人が集まるのかすごく不安でした。でも、結果的に「業界のことをもっと知りたい」と思っている人間は福岡にもこんなにいたんですよね。

福岡には日本一のクリエイティブ環境がある

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――今回のKYUSHU CEDEC 2015は、福岡のゲーム業界発展の一助として大変意義のあるカンファレンスだったと思いますが、業界が次のステップに進むためには、福岡のどのようなポテンシャルを伸ばすべきとお考えですか?

松山 私は、クリエイティブという観点で考えると福岡が日本一の環境だと思っています。例えば適度な人口密度です。田舎過ぎるとクリエイティブのための道具がそろいませんが、福岡には何でもある。でも都心ほど仕事や生活における“息苦しさ”がないんです。通勤時間一つとっても、東京のクリエイターと比べると、福岡のクリエイターは2~3時間、通勤に必要な時間が短い。つまり、その分体力を温存したり、ゲームをしたり映画を見ることができるので、よりクリエイティブを楽しめる環境があるんです。これは福岡が持つ大きなポテンシャルだと思いますよ。実のところ、私自身も福岡に執着しているわけではなくて、別にいつ拠点を移してもいいんです。でも、福岡よりいい場所がないんですよね。

――ということは、そうした福岡ならではのポテンシャルを、より多くの人に知ってもらう必要がある、と。

松山 そうです。Uターンでも、Iターンでもなんでもいいんで、そういう要素が福岡にあることに、早く気付いてほしいですね。そのためにも、今回のカンファレンスのようなイベントを通して、福岡のゲーム産業の盛り上がりの“絵”をいろんな人に見てもらう必要があると思います。

――では最後に、福岡でゲーム業界を共に盛り上げたいと夢見ている学生やクリエイターに向けたエールをいただけますか。

松山 ここ10年で、福岡のゲーム業界は大きく変わってきています。企業、行政、そして教育機関が強固なタッグを組むことで、新しい人材を受け入れる体制が十分に整っていると思うんです。独立して起業したい学生も、スタジオを構えたい企業の方も、私たちは大いに歓迎します。繰り返しになりますが、福岡は日本で一番クリティビティが育つ街です。この福岡という土地で、一緒にモノをつくる仲間として、そして互いに切磋琢磨するライバルとして、一緒に世界のエンタメ業界を盛り上げていきましょう!

――松山社長、ありがとうございました。

 

[プロフィール]
松山洋(まつやま・ひろし)さん
「KYUSHU CEDEC 2015」実行委員長。福岡県出身。株式会社サイバーコネクトツー 代表取締役。1996年に大学時代の友人らと「サイバーコネクト」を設立。2001年に代表取締役に就任し、社名を「サイバーコネクトツー」へと変更。現在もディレクターとして数多くのゲーム開発に携わる。

 

[関連リンク]
株式会社サイバーコネクトツー
http://www.cc2.co.jp/

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