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更新日: 2020年3月23日
福岡市消防団

消防団とは

消防団は、本業を持ちながら「自分たちのまちは自分たちで守る」という郷土愛護の精神に基づき、地域住民を中心に組織されており、市町村の消防機関の一つとして、ほとんどすべての市町村に設置されています。

消防団員は、消防・防災に関する知識や技術を習得し、火災発生時における消火活動、地震や風水害といった大規模災害発生時における救助・救出活動、警戒巡視、避難誘導、災害防ぎょ活動などに従事し、地域住民の生命・身体・財産を守るために昼夜を問わず活動を行います。また、平常時においても、訓練のほか、 応急手当の普及指導、防災啓発、特別警戒、広報活動などに従事し、地域における消防力・防災力の向上や地域コミュニティの維持・振興において重要な役割を担っています。

また、近年は、さらなる消防団の充実強化、地域の安全確保という消防団の役割を果たしていくため、女性や学生など,幅広く消防団として活動しています。


特別職の地方公務員

消防団員は市町村長や助役、収入役、議員などと同じ特別職の地方公務員として「地方公務員法」第三条に明記されています。したがって、消防団員として任命されたからには、特別職の地方公務員であるという認識を持って行動していただかなくてはなりません。

1. 消防団員は消防団長が任命
 消防団員は、市町村長の承認を得て消防団長が任命します。

2. 消防団への入団・退団は自由
 消防団への入団は義務や強制ではなく、本人の自由意思によります。ただ、特別職の地方公務員である立場上、行政処分などで免職させられる場合があります。

3. 個人としての活動は自由
 消防団員が、個人として政党に入党したり、公職の候補者になったり、選挙運動をしたりすることは自由です。ただし、その地位を利用した選挙運動は禁止されています。

4. 他の公職との兼職が可能
 消防団員は、団員であっても他の公職に就任して差し支えありませんが、一定の手続等が必要な場合があります。

5. 市町村長が消防の管理者
 消防団員の最高の責任者は、市町村長で、消防の組織運営一切をとりしきり、その権限が消防団長に委ねられています。


消防団の重要性

我が国は、その位置、地形や気象などの自然条件から、地震、台風、豪雨、火山の噴火などによる災害が発生しやすい環境にあります。 阪神・淡路大震災において、消防団は、消火活動、要救助者の検索、救助活動、給水活動、危険箇所の警戒活動など、幅広い活動に従事しました。特に、日頃の地域に密着した活動の経験を活かして、倒壊家屋から数多くの人々を救出した活躍にはめざましいものがありました。こうした活動により、地域密着性や大きな要員動員力を有する消防団の役割の重要性が再認識されました。
 災害が大きければ大きいほど、常備消防を始めとする防災関係機関自身が被害を受け、災害対応に支障をきたす場合があるうえに、救助、救援活動において迅速に対応を行ったとしても広域的な応援には時間を要することから、発災直後の初動期における地域住民相互の助け合い、人命救助や初期消火への努力が被害の軽減につながることになります。
 例えば、日頃から消防団を中心に行政機関と住民による自主防災組織との緊密な連携があった淡路島の北淡町では、激震地であったにもかかわらず、被害は最小限に抑えられました。これは、消防、警察、自衛隊などが本格的に機能する前段階などにおいては、住民自らが主役となって防災活動を行うことの重要性を示しています。



消防団の特性

消防団は、大規模災害時をはじめとして、地域の安全確保のために大きな役割を果たしています。常備消防とは異なる特性や役割を踏まえながら、今後の消防団のあり方を考えていかなければなりません。
消防団の機能には、次のような特性があります。

1. 普遍性
 消防団は、全国各地に存在し、いかなる場所で災害が発生しても即座に対応することが可能であること。

2. 地域密着性
 消防団員は、地域の住民で構成されているため、地域とのつながりが深く、地域の各種事情に精通していること。

3. 即時対応力
 消防団員は、定期的に教育訓練を受けており、消防に関する知識・技能を有していること。

4. 多面性
 消防団員は、単に消火活動を行うのみならず、火災予防方面でも住民指導・巡回広報等を実施し、また、風水害及び地震等の自然災害のほか捜索や各種警戒にも従事すること。

5. 要員動員力
 全国で約83万4,000人と、消防職員の約5倍強の人員を有し、大規模災害時には豊富な動員力により災害活動にあたることができる。

6. 広域運用性
 消防団は大規模災害時には、相互応援協定などにより、その管轄区域を越えて広範囲な活動を行うことができること。


消防団の歴史

本市における防火制度は、天正15年(1587年)豊臣秀吉が九州征伐の帰途、博多の町を復興し「出火附火等の禁制」を出したことが始まりと言われています。
その後、瓦葺きの奨励、水道の整備、火除け空き地の設置、自身番の世廻り制度、武家火消、町火消制度の実施など、早くから防火対策の確立がなされていました。
今日では九州の首都、政治、経済、文化の中心的都市になり、全国10番目の政令都市として発展していますが、この発展の陰には、共にあゆんだ町火消から消防団に至る、消防の長い歴史が秘められています。

天正15年(1587) 豊臣秀吉が博多の町を復興

慶長 6年(1601)  黒田長政筑前福崎に福岡城郭を築く

慶長12年(1607) 城下町の完成「火の用心」を布令

正徳 5年(1715)  「大工火消」と「釜屋組」に火消組の編成を委嘱

寛政10年(1798) 簀子町万屋菻助、ポンプ(飛龍水)10挺寄付

天保 6年(1835)  日田の丸屋与市が半鐘付火の見梯子10本寄贈

明治 6年(1873)  官設消防組を創設

明治 7年(1874)  民設消防組を創設

明治14年(1881)  県下一斉に初の出初式挙行

明治22年(1889) 福岡市「市制」施行

明治27年(1894) 消防組規則(勅令第15号)公布公設消防組創設

大正 4年(1915)  初の蒸気ポンプ(2台)市消防組に配置

大正12年(1923) 初のポンプ自動車を配置


消防団の伝統技術

消防古来からの伝統を引き継ぎ、団員の士気を高めるとともに、市民の防火防災意識の高揚を図るため、消防伝統技術の各種団体を設立し、消防出初式や防災関連イベント、地域の行事などに積極的に参加し、市民への消防PR及び防火防災意識の普及啓発活動に努めています。

消防纒

消防纒会

纒(まとい)のルーツは15世紀頃といわれ、戦場で侍大将の馬印であったものを、町火消誕生後に消防組の旗印として取り入れました。この纒は、江戸時代の町火消それぞれの組のシンボルであり消口(けしぐち: 延焼防止ライン)がどこに設定されて いるかや、どこの組が消火に当たっているかが一目瞭然でした。当時の纒持ちは、お互いに組の名誉と面子を一身に担い、降りかかる火の粉を纒の馬簾(ばれん)で払いながら、現場活動の士気を高めるという重要な役割を課せられていました。纒は現在でも、各消防団の象徴であり、本市では、それぞれの分団の魂として各分団63本の纒と福岡市の纒1本が大切に管理されています。


消防梯子乗り会

江戸時代、町火消は高所で危険な作業をするため、機敏さと慎重さそして勇敢さを兼ね備えていた鳶職人で構成されていました。 普段からはしごを使って仕事をしている彼らが火災現場確認のための火の見櫓( やぐら) としての役割や人命救助器材として使用できるはしごを取り入れ、訓練をしていました。福岡市では、昭和初期に一時途絶えていましたが、昭和56年の出初式で消防団により復活しました。はしご乗りに使われるはしごは、高さ6.6mでこれを 12本の鳶口で支えています。揺れ動くはしごの頂上で演じられる技は69種類あります。


消防太鼓会

昭和62年の消防出初式で初めて太鼓を取り入れ「消防まとい太鼓」として、伝統的な纒振り、演技に合わせて勇壮で力強い音色を披露し、市民から好評を得て、消防太鼓会を発足しました。
現在では、消防出初式や防災関連イベントだけでなく、地域で開催されるお祭りや運動会などにも出演し、防火啓発や地域の活性化に貢献しています。


消防木遣り会

木遣りは、もともと鳶職人の作業歌であり、複数の人員で作業をするとき、力を一つにまとめるためのかけ声、合図として歌われた労働歌ですが、町火消しが鳶職人を中心に構成されていたため、自然に町火消しの中に溶け込み、受け継がれてきました。