現在位置:福岡市ホームの中の市政全般の中の国際交流・国際貢献から官兵衛ものがたり(3)ゆかりの城 | みんなで盛り上げよう 福岡!2014年大河ドラマ「軍師官兵衛」
更新日: 2013年4月25日
 
秀吉を天下人にした天才軍師 黒田官兵衛 大河ドラマ主人公に

官兵衛ものがたり(3)

ゆかりの城

 黒田官兵衛は豊臣秀吉の九州平定後、豊前国6郡を与えられ、1588年豊前国中津川の河口(大分県中津市)に中津城を築きました。中津城は、高松城(香川県高松市)、今治城(愛媛県今治市)と共に日本三大海城といわれています。中津市には、官兵衛を慕う各地の商人たちがつくったといわれる姫路町、古博多(ふるはかた)町などの町名が残っています。

 1589年に官兵衛は家督を息子長政に譲ります。長政は、関ケ原の戦いへの貢献により、徳川家康から筑前国を与えられ、名島城に入城。名島城内の黒田家家臣の住居位置が記された絵図が現存しており、今でも三の丸や城山道などの地名が残るところもあります。石垣などの遺構が残る本丸跡は、「名島城址公園」として整備されています。小高い丘の頂にある公園からの眺望は、埋め立てやビル等により変わりましたが、立花山や志賀島の景観は当時をしのぶことができます。

 長政は官兵衛と相談し「名島城は三方を海に囲まれ、戦国の乱世にはふさわしいが平和の時代には交通が便利な広い土地の方がよい」との理由で、新城地選定に取り掛かります。住吉など四つの候補地の中から、福崎の地を選び、地名を福岡に改め、築城を開始します。

 黒田家譜は、築城には名島城の石垣や櫓(やぐら)等を崩して福岡城に海上移送したと伝えています。このことは「名島引け」といわれ、発掘調査でも、名島城跡から出土した瓦と同様のものが福岡城跡で出土しています。

崇福寺唐門 県指定文化財である崇福寺唐門(博多区千代)や名島門(中央区城内)、宗生寺(そうしょうじ)山門(宗像市大穂)は名島城の遺構が移設されたといわれています。
<写真:崇福寺唐門(クリックすると大きく見ることができます)>

 福岡城の築城は、1601年から7年を要しました。城の東側は那珂川に通じる中堀(紺屋町堀)と佐賀藩鍋島氏の助力によって「肥前堀」を、南側は現在の南公園から福岡城の天守台まで延びていた丘陵を切断して堀を設けました。北側は干潟を埋め立て城下町を作るなど大規模な土木工事を実施し、西側は荒戸山(現西公園)から大きな入り江であった「草が江」を利用し大堀(現大濠公園)を構えました。

福岡城本丸御殿の古写真 城内は天守台、本丸、二の丸、三の丸の4層に分かれ、本丸御殿や47以上の櫓を配置した他、三の丸に官兵衛の隠居所である御鷹屋敷(おたかやしき)を構えます。御鷹屋敷跡からは、瓦や陶磁器、焼塩壺が出土しており、当時の生活の一端がうかがわれます。
<写真:福岡城本丸御殿の古写真(クリックすると大きく見ることができます)>

【問い合わせ先】 
大規模史跡整備推進課
電話:092-711-4784、FAX: 092-733-5537

ふくおか市政だより 2013年5月1日号より)


【官兵衛ものがたり】

 ・官兵衛ものがたり(1)黒田官兵衛 大河ドラマ主人公に

 ・官兵衛ものがたり(2)福岡に残した足跡

 ・官兵衛ものがたり(3)ゆかりの城

 ・官兵衛ものがたり(4)ゆかりの城 その弐

 ・官兵衛ものがたり(5)黒田家と西公園


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