
市長
おはようございます。
記者
おはようございます。よろしくお願いします。幹事社のNHKの安藤です。
今日は発表案件がないと聞いていますので、まずは幹事社から質問をさせていただきます。
昨日、ご自身のSNSで表明された次の市長選挙に関することについて、あらためてお伺いできますでしょうか。
市長
はい。11月15日は福岡市長選挙が行われます。私は、次の市長選挙には立候補をいたしません。健康に問題があるわけでもないですし、最近運動も頑張っているんで、体力も以前以上にあります。そして、副首都法案も通ったし、やりたいことはもちろんまだまだあります。でも、自分で決断をして、今回は次の世代に襷(たすき)をつなぎたいという決断をいたしました。
私が市長選挙に出たのが2010年でした。このときっていうのは、ちょうど福岡市がですね、当時、ケヤキ・庭石問題があったり、いわゆる人工島問題があったり、こども病院の話があったりということで、また、市債残高が非常に多いというようなことで問題山積という言われ方をしていたんですね。そんな状況の中で、私が「とりもどせ元気!とりもどせ信頼!」という、こういう旗を立てて、36歳のときに市長選挙に立候補をしたわけです。
それから、本当に多くの皆さんにお力添えをいただき、福岡市役所の職員という最強のメンバーとともに、そして、いろんなプロジェクトを打ち出すと、本当に一緒に協力をしてくれて、街を盛り上げてくれた民間企業の皆様、多くの皆様のお力添えによってですね、とりもどせ元気!とりもどせ信頼!という部分、これを実現すべくチャレンジを続けてこられました。心から感謝をしています。
私自身はもちろん、できるならばこれからもずっと本当は福岡市長で居続けたいというのが本音としてあります。でも、やっぱり人も組織も変わり続けていく。新しいリーダーが組織に新しい風を吹き込んで、新しいリーダーによって見出されるまた新しい人材が活躍をしていく。そのほうが、市役所という組織にとっても、そして福岡市という街にとっても、健全だと思います。
これはもちろん自分がこの場所から退いてこそできることで、自分にとってはもちろん、つらい決断でももちろんあるんですけど、でも私は福岡市という街が大好きで、だからこの街がこれからもより輝いていける元気な街であり続けるために、ここで自分が退くということが大事なんだろうと思いました。
通常、あまり不出馬の会見なんていうのはしないと思いますし、出馬をするんであればその時点で会見をするんでしょうし、ただ、現時点でですね、もう告示まででいくと3カ月を切っている状況なんですけれども、立候補をされている方が誰もいないという状況にあります。やっぱり私が進めている方向性で賛成の方いらっしゃっていいし、いや、街の景色が急速に変わっていく中で、もう少し立ち止まったほうがいいんじゃないかという意見の方もいらっしゃるでしょう。そういう方の、やはり受け皿になる方が出て、街の在り方を議論して、そしていろんな微修正をしていきながら、街がより良い方向に向かっていく。それが、4年に一度の選挙の役割だとも思っていますし、もしそれが、私が長くいる中で新しい方が手を挙げにくい状況があるのであればですね、この時点で私が不出馬ということを伝えることによって、次にリーダーになりたいという方が出やすい環境をですね、少しでも作れるんであればと思って、このタイミングでこれを発表いたしました。
これまでであれば、皆さんご承知のとおり、私は大体いつも9月議会があって、決算議会があった後の10月に出馬の、いつも話をしていたんですが、今回は早めに言おうと思って、今回不出馬ということを言わせていただきました。
ただ、もちろん私今日でさよならというわけではありませんので、12月6日、任期最後の日まで全力で走り切る。今日朝、庁議を開きまして、職員の皆さんにもお話をしました。この今日の会見をもって、12月の6日の、私が市役所を去る日までの間にスピードが緩んだのであれば、それは私であり職員に問題がある。だから、ぜひ最後の一日まで一緒に全力で走っていただきたいと、そういったお願いを今日朝、庁議でしてきました。
任期の最後まで、福岡市長として全力で走りきりたいと思います。
私からは以上です。
記者
はい。では関連してですね、少し早い質問かもしれませんが、任期満了後に取り組んでいきたいと考えていらっしゃることについて、現時点でお伺いできますでしょうか。
市長
考えればいろんなことはもちろんあるんでしょうが、まだ何も決めていませんし、とにかく12月まで私は、任されている職責を全力で果たしていくというのが私の務めで、それに集中をしていきたいと思います。
記者
はい。では幹事社からもう1問、福岡県議会のことについても質問をさせてください。
蔵内議長が議員辞職の意向を表明しました。これについて受け止めをお伺いできますでしょうか。
市長
議員の辞職ですか。
記者
そうです。今朝ですね、報道各社に議員辞職するということをですね、表明したところなんですね。
市長
なるほど。とにかく昨日からたくさんのやっぱり連絡をいただいて、昨日もほとんど寝る時間がなかったぐらい、ずっと皆さんにメッセージの返信をしたり、お電話かかってくる方に対応していたんで、ちょっと、そういった状況はちょっと分かりませんけれども、それはそれで、また後ほどというか、まだしばらく、ちょっと対応はあると思いますけれども、そこはまたニュース見てみたいと思います。
記者
はい。では各社から質問をお願いします。
市長
はい、どうぞ。
記者
読売新聞の原です。よろしくお願いいたします。
まず、SNSの中ではですね、長くなることによって、いろんな問題も起きるんじゃないかというような言及もありましたけれども、その点についてもう一度お願いできますでしょうか。
市長
はい。私が昨日SNSで発信してからたくさんの方からご連絡をいただきました。人によってはやはり電話でかなり翻意をおっしゃってくる方がいらっしゃってですね、もう1期できないかとかですね、今辞めないでほしいというようなお話もすごくいただきました。
もちろん私だってやりたいことありますし、今タイミング的に言えばね、もちろん副首都の話もそうですけれども、これから天神ビッグバン、今年が天神ビッグバンの一つの節目の年ですよね、2026年までに、結局81棟竣工ということですから。次の後半戦に向けてのね、やっぱりスタートを切るということもあるんでしょうし、いろんなプロジェクトがやっぱりあるので、街のためにもう1期するかという決断もあるんでしょうが。
でもこれって街のためと言いながら、いつの間にかそれが権力への執着、これって本当に紙一重で、本人は街のために、俺がいなきゃできないと思うかもしれないけど、それっていつの間にか権力への執着に変わってしまうという。私はそうなる前に自分の身を退きたいと、これは思っていますし、特にやっぱり、また議員さんとも違って、自治体の長というのは予算権、人事権、こういったものを一人で握る。しかも、それは市民による直接選挙で選ばれるんで、やっぱり強い、これは力があるわけですね。ですから、スピード感をもって街を変えることができるということはすごく魅力的なやりがいのある仕事です。
でも一方で、それが長くなって、やはりあまり強くなりすぎるというのはですね。と、やはり権力が強い分、力が強い分、予算権も人事権もある分、やっぱりこれはよくない。それは、そうなってしまう前に、自分から適切なタイミングで身を退くというのが大事なのかなと思います。
やっぱり今、天神ビッグバン、博多コネクティッドで急速に街の景色が変わっている。やはり、適切に新陳代謝をしていくということが、常若(とこわか)、常に若々しくみずみずしくいられるという、生まれ変わり続けていくということが、常若でいられる、すごく大事な要素だと思っています。
そしてそれは、街の建物だけじゃなくて、街のトップも同じだと思っています。街の景色は変わるのにリーダーは変わらない。そうではなくて、私自身もやはり次の世代にまた襷を渡していくということが、この街にとって、そしてまた市役所という組織にとっても大事なんだろうと思います。
記者
すみません、続けて。一方で、先ほどおっしゃったとおり、副首都の問題であるとか、先ほど質問があったように、県議会の問題、今、福岡県、非常に大事な局面にあると思います。そこで、リーダーの一人である高島市長がですね、その場から降りるとなると、福岡市としても、福岡としてもですね、推進力みたいなのを失う可能性があるかなとは思うんですが、その点、ご自身、今後関わっていかれるのかどうなのかというのをお聞かせいただけますでしょうか。
市長
自分がいなくなるとこの街のスピードが遅くなるとか、自分がいなくなるとこの企業が成長が遅くなってしまうってリーダーが自分で思うことが、むしろ間違いにつながっていく可能性もあって。だから、そのような、自分がいなければいろんなプロジェクトが遅くなってしまうって、そのようなおこがましいことは思わずね、やっぱり次のリーダーに代わっていくということ。それはもちろん移行の過程において、当然そのメリットもデメリットも両方あるんだと思います。それでもやはり、変わり続けていくという文化を残していくこと、適切なタイミングでリーダーが変わり続けていく。そして組織に新しい風を吹き込み、硬直化を防いでいく。こういうことって、やっぱりすごく大事なことだと思うし、それがこれからもこういう背中を残すことができればね、次世代とかこれからにとって、一つの目印になるんだったら、それは一番期待するし、この街がいつまでも元気で居続けるためにも大事な要素かなと思います。
記者
分かりました。
すみません、続けて。今後市政をですね、引き継いでいかれる後継の方に、例えば具体的に誰かいらっしゃるのか、どういった方に引き継いでいただきたいとか、そういうのがあればよろしくお願いします。
市長
はい。こういった自分の進退についての話というのは、軽々にできませんので、これまで相談などがほとんどできているわけではありませんので、そういった意味では、現時点全くそこについては考えておりません。
そして、新しいリーダーについてはですね、もちろん私がつくってきたこうした市政の方向性をさらに進める方が手を挙げることもあるでしょうし、また全然違うまちづくりの方向性とか、こういったことを訴える方が出てきてもいいと思います。それを4年に一回、市民みんなで、誰のビジョンのもとに付いていこうかということが議論できるのであれば、それは市民の皆さんが次のリーダーと次の街の方向性を決める主人公だと思っています。
どうしても現職が出ると、現職批判、何かの一つのポイントだけを突いてですね、現職批判だけで選挙が行われがちなんですが、現職がいないとなれば、それぞれの候補が、自分であればどういう街をつくっていきたいというビジョンをそれぞれが語る、こういうチャンスが生まれるのかなということも期待をするところです。
記者
分かりました。
最後になりますけれども、今後ですね、福岡という街に対して、市長どのように関わっていかれるのか、一言お願いします。
市長
関わり方はさまざまあると思いますんでね、まだ、自分自身が12月以降どうするかということについてはまだ決めていませんし、終わってからまた考えればいいかなと思っています。ただ、今この街がですね、やっぱりチャレンジする人が尊敬される、そんな街にしたいと思いますし、こういう福岡のチャレンジする空気とかね、こういうことがこれからも続いていけばですね、福岡の街はこれからも元気で居続けられるんじゃないかなと思います。
記者
ありがとうございます。
市長
じゃあ、はい、前田さん。
記者
西日本新聞の前田です。お疲れさまです。
先ほどの後継の話について関連してなんですけれども、ブログでも先ほどの発言でも、次の世代に襷を渡すということを発言されています。そうすると、自分よりも若い世代の方に後を継いでほしいという思いがあるのかなというふうな気がするんですけれども、そのあたりはどうお考えでしょうか。
市長
自分より高齢の人に襷をつなぎ続けたら止まっちゃうんで、これは自然の流れとして次の世代に襷をつないでいくという表現をいたしましたんで、どういう方が出てきて、どういう方を市民の皆さんが選ぶかは、それは市民の皆さんが決めればいいことだと思います。
記者
ありがとうございます。
そして、今回重たい決断をされたと思うんですけれども、ご自身で決断をされたと。一方で、ご家族の発言だったり、何か背中を押されるような発言とか、そういったものはあったんでしょうか。
市長
もちろん家族は後押しをしてくれて、私がどんな決断をしてもしっかり支えていくということでね、言っていただいていますし。はい。
記者
それから、4期目は子育て政策にすごい力を入れられて、これまでも天神ビッグバン等々で大きな実績を出されたんだろうと感じていますけれども、一方で、いわば未来に種をまいて去られるようなかたちだと思います。現状、福岡市、この街を見て、市長が2010年初当選したときに思い描いていたような街になっていますか。アジアのリーダー都市になっているのか。そこをお聞かせください。
市長
はい。これはまさに、本当はこういう振り返りはですね、今日は振り返りではなくて、振り返るのは12月の終わるときであって、ここで終わった気になるというのが一番やりたくないことだったんですね。ですから職員にも、今日で私いなくなるわけでもないし、ここで緩んだら我々のせいだから、やっぱり最後までいいまちづくりを全力でやっていこうということは職員にもお話をしました。
ただ、もちろん、例えば副首都の話も、かつてであればですね、東京、大阪というのがいる中で福岡が手を挙げたときに、どこまでそれを真剣に受け止めてもらえたかというと、今は福岡が名乗りを上げる中で、やっぱり福岡あるかもなって皆さんに思ってもらえるような存在感の高まりとか、こうしたところは実感として感じるところもありますんでね。アジアのリーダー都市はゴールではなくて、これはあくまでもそこに向かっていくスピリットが大事だと思っていますんで、そういう高い視座でチャレンジをしようという空気感、これは非常に福岡の中に今漂っていると思いますし、また、そういう目標に向かって最後の12月までしっかりと取り組みを続けていきたいと思います。
記者
ありがとうございます。
それから、市長の後ろ盾の一人でもある麻生太郎さんには何か事前にお伝えしたりとか、どういったやり取りをされたのか、伝えられる範囲でお願いします。
市長
誰に事前に話をしたかとかですね、相談したかという個別の話になるとですね、俺は相談されてないという人が現れたりとか、自分には話をしてくれなかったということで悲しむ方が現れたりとかですね。あの人には言ったのに自分には言わないんだということになるので、あまり個別の名前はここでは控えたいと思います。
記者
それから、昨晩SNSのほうに投稿をされたと思うんですけど、先ほど、なぜこのタイミングかというのはある程度お話はされたと思うんですけれども、8月23日、で、今日は24日の表明ということで、この日に何かこだわった理由、もっと別の日でも表明することはできたと思うんですけれども、なぜこの日、このタイミングだったのか、あらためて教えてください。
市長
やっぱりこれは、選挙からもう3カ月を切っても、まだどなたも手を挙げる様子がないということ。それから、自分自身も実は16年前の8月26日が私の最後の、キャスターとしての最後の日だったんですね、実は。私もまさに今週このタイミングで、実は話が来て決断をしたというような、そういう週でもあります。自分も16年前のこのタイミングで、自分の中での決断をした日でもありました。もちろん、さまざまな要素というものがある中で、このタイミングでお話をしました。
記者
SNSを発信するとき、最後のボタンを押すわけですよね。そのとき多分いろんな思いを巡らせながらボタンを押されたと思うんですけれども、どういった心境で押されたんでしょうか。
市長
ノーリターンポイントというかね、この発信ボタンを押したらもう戻れないということはもちろん思いながら。そして、やっぱり16年って、やっぱりたくさんの方との関わり、そして支えてくれた皆さん、いらっしゃる顔が浮かびながら、特にまた、残り1年という報道が今年になって出始めたじゃないですか。そうするとやっぱり、行事ごとで地域に出ると、やっぱりいろんな方が声をかけてくださって、あんたまだまだずっとやりないとか、市長、あなたもうずっと市長でおりないみたいな感じでおっしゃっていただいたりですね。私が、もうでもね、もう4期もしているんですよ、もう歴代最長なんですよとかいう言い方をしてもですね、まあでも年齢があんた若いけんいいやないみたいな感じで、やっぱりすごく応援してくださっているような方とか、もういろんな方がやっぱり頭に思い出されて、これを発信するということで、そういう皆さんの顔が曇ってしまうんじゃないかとかですね、悲しませてしまうんじゃないかとかいうことはやっぱりすごく感じながら最後のボタンを押しましたし。
やっぱり、どうしても何人かにはこの発信をする前に連絡をしなければいけないなと思っていて実は連絡をして、もう少し、本当言うと、早い時間に発信するつもりだったんですよね。ところが、一人ひとりの電話が想定と違ってものすごく長くなって、やっぱりものすごく翻意されたりですね、あと1期だけ、ちょっと待ってというような話になって、やっぱり一人ひとりと、そしてやっぱり、結構多くの方が泣いてくださってですね、そういうやっぱり皆さんと会話していると、結局ちょっと発信時間が想定よりも遅くなってしまったというところはあるんですけれども。
そんな思いを抱える中で発信、送信ボタンを、投稿ボタンを押しました。
記者
はい。ありがとうございます。
市長
はい、どうぞ。
記者
産経新聞の一居です。
今後の活動はまだ未定ということなんですが、やっぱり政治に関わってほしいという皆さんの声あると思うんですけども、政治に関わっていきたいか、それとも政治以外の道で何か貢献したいか、そのあたりの現時点の思いはいかがでしょうか。
市長
まだ本当に決めていないという状況です。もちろん自分に何ができるのか、そして日本をよりよくしていくために自分としてどういうところに自分を置けばいいのかとかですね。もしくは、いろんなことは想定はされると思うんで、それは12月最後の日まで走り抜けた後に決めていけばいいかなと思っています。
ただ、一居さんが以前、数カ月前にこの場所で質問をした、多選についてどう思いますかという質問は、あのときはすごく困りました。だって多選はよくないと思いますということを、あのときに言ってしまうと、じゃあ出ないということですねって。あんまりやっぱり早い段階でそんなこと言ってしまったら、それは、当然私は行政の執行者として、やっぱり緊張感を持ちながら行政運営していかなければいけない中で、そんなことを言って、その後がですね、緩んでもよくない。でも嘘もつきたくないという中であの質問を聞かれたのは、実はあのときはきつかったんですが、今ようやく言えるようになりました。
記者
すみません、引き続いて、国政選挙があるたびにですね、やっぱり福岡のために国会で働いてほしいというような声も以前からありましたけども、国政への思い、聞かせていただいてよろしいですか。
市長
もちろん、国政であれ何であれ、民間企業であれですね、本当にそれぞれやりがいがあって、社会にとって大切な役割を、それは、行政であれ民間であれ、果たしていると思います。だからその中の一つとして国政だってもちろん地方自治の中で見えてきた課題とか、そんなことももちろんあるんで、それは、やればそこでもやることは、やりたいことはあるし、民間であったって首長であったって行政であったって、なんていうの、議会であったって、もちろんどの立場であっても、今この現場で見てきている中でやりたいことというのはもちろんありますが、本当に現時点では何も決めてもいませんし、とにかくやっぱり12月終わるまでは、この職責、職務をしっかり果たすべく集中したいと思います。
記者
この間ですね、福岡のプレゼンス、大きく高まった、高まるお仕事をされてきたと思います。それでもまだやり残したこと、次の市長にこの点は託したいという点がありましたら、いくつかあるかもしれませんけどもお聞かせください。
市長
はい。そうですね、あれ、質問なんでしたっけ。
記者
次の市長に託したいこと。
市長
その前。
記者
やり残したことですね。
市長
やり残した。そう。やり残したことでいくとですね、やっぱり市政ってゴールではなくて、結局私が2010年に当選したときというのは、局長のほとんどの人が、というか誰もスマホを持っていなかったんですよね。それが今やスマホが当たり前という、OS、ちょっと、要するに、技術がもう10年、まあ16年ですけど、たって、もう全く変わっていること。それから、市民の皆さんの価値観、それは世界的にですけど、価値観も変わっていること。いろんな、やっぱり社会が変わっていくという中で、行政のゴールというのは常に動き続けるものなんですね。ですから、その動き続けるゴールに対して最適化していくためには、行政は変わり続けていくしかなかったし、これからも今でも、やっぱり変わり続けている、そういうものに応じていくためにはですね、やり仰せたということはないんだろうと思います。さっきから何度も出ている副首都の話だって、やっぱりここに来て、国会を本当に通過したという中でね、これだってもちろん、もちろん手を挙げるのは県という枠組みではあるんですけども、でもやっぱり、県がいいアタックを打てるようにね、やっぱり市町村として私も同じ福岡県の一人としてやっぱりいいトスを上げていこうと思って、自分なりにできることはできる限りはしてきたし、これからも、12月終わる日までですね、もちろんできる限りのことはしっかりと連携をしてやっていきたいとも思っております。
次の市長に託したいこと、もちろん、その思いはいろいろとあるんですが、それを私が押し付けるわけではなくてですね、やっぱりそれこそまさに、いろんなビジョンを語る方が出てきて、市民の皆さんが選べるという状況、これが健全だと思いますので、私として、こういうことをつないでほしいとか、こんな人に出てほしいということは、あえてこの場で余談は言わないことにします。
記者
ありがとうございました。
市長
じゃあ、1、2の順番で。はい。
記者
朝日新聞の杉江と申します。
まず質問の一つ目が、今回、最終的にいつ、どのタイミングで、このご決断を自分の中でされたのかというのをお伺いしてもよろしいでしょうか。
市長
はい。実際4期目に出るときも、長いんじゃないかなということは悩んでいたんですね。ただ、やっぱり私の3期目というのはコロナの真っ最中で、やっぱりこれまで続けているいろんなことというのが、例えば、福岡の街というのは集客交流で、すごく、いにしえからにぎわってきた街。ところが、人を集めては駄目とかですね、こういう、これまで進めてきたのと真逆を強いられることになった。そしてまた、新しいオフィスにしても、リモートワークで、もうニーズなんてなくなるんじゃないかみたいなことを言われていたりということで、やっぱりこのまま、なんていうか、このまま終わるわけにいかないというかですね、しっかりと責任を果たしていきたいというような思いがあって。ですから、4期目終われば、これはもう退こうということは、最初からもちろん考えていました。4期目始まったときから今期が最後ということは思っていました。
ただ、ただやっぱり、この仕事って本当にやりがいがあって、そしてやっぱりたくさんの市民の皆さんの笑顔を見ることができる。もちろんみんなが納得する話ばっかりではないので、時には厳しい声もいただくんですが、それでもやっぱり、すごく喜んでいただける方の顔を見る。そういう中で、誘惑はたくさんあって、続けたいという、やっぱり続けていいんじゃないかなとか、私も、私だったらもしかしたら5期目やっても市民の皆さん許してくれるんじゃないかなとかですね。マスコミの皆さんの論調も少しは柔らかいんじゃないかなとかですね。もちろんいろんなことを考えるわけです。
でも、やっぱり私がここで適切なタイミングで、リーダーというのは、勝てるから出るとか負けるから退くではなくて、適切なタイミングで代わっていく、次に襷をつないでいくという役割を果たすことがリーダーとして大事ということを自分が示していくことでね、これは福岡の未来にとっても、そして、もしかするとほかの地域の皆さんにとってもですね、これが一つの道しるべになってくれたら、それは一つのインパクトに、社会にとってのインパクトに、いいインパクトを残せるんじゃないかって思いました。
記者
ありがとうございます。
それと、今始まるとき、4期目が始まるときにはもう心の中ではもう決めていたようなお話だったかと思うんですけど、最近、何かこういうサイトを立ち上げているのかなと思います。これ、ご本人ので。
市長
はい、そうです。公式サイトですね。
記者
この市政というか、市長としての歩みみたいなものを書いてあるようなサイトを立ち上げた意図というか、思いはどういったところにあったのかというのをお伺いしてもよろしいでしょうか。
市長
これは、ありがとうございます。これは、本当はもっと前にあってもよかったんですけど、私自身がそうした後援会組織とかいうことがあるようなことでもないですし、あんまりそうしたものに、なんというか、そういうものをつくって何か皆さんに知ってもらうというようなことに、そんなに強い興味があったわけではなくて、自分の中では昔からやっていたフェイスブックとですね、インスタがあればいいと思っていたんですが、たまたましてくださるという方が出てですね、どう、という提案を受けたんで、じゃあやってみようということでつくったということで、深い意図があったわけではなかったんですが、結果的にもう完成したのがこういうタイミングになったということです。
記者
分かりました。ありがとうございます。
あともう1点、先ほど、長く居続けることで権力に執着してしまうかもしれないというようなお話があったかと思うんですが、4期目をやる中で、執着するかもしれない、何か自覚的になる瞬間みたいなものはありましたか。
市長
それは、まさに例えば副首都の話が来たとなったら、やっぱりこの福岡の存在感というのをしっかり示してですね、それで、やっぱり全国に対して福岡という所の強みを発信したりだとか、そうしたことというのはやっぱり自分がやったほうがいいんじゃないかなとかですね。こういうことを思ったときに、やっぱりこれは自分が続けてやったほうがいいんじゃないかという、そういうようなことを思ったときに、多選というのは一般的によいものではないと言われますが、私だけはいいんじゃないかなとか、だってこれだけ地域に出て市民の皆さんも言ってくれるし、自分に都合よく捉えれば、こうやって今もなかなか対抗馬が出てこないというのはですね、一定、自分も信任してもらえているんじゃないかというふうに、自分に都合よく捉えようと思えば、そういう捉え方も自分で解釈しようと思ったらできて。そういう考えが頭をよぎってですね。
もちろん、だって私にとっては、今16年かけてつくってきたこの福岡市役所の素晴らしいチーム、この皆さんと、もう仕事をするのが一番、やっぱり仕事できますし、もう誰がどういう人でって。本当に市役所に入ってきた16年前の日は誰一人知っている人がいなかった中で、今はそれぞれの個性も分かるし、その方の強みも弱みも見てきたし。だから、本当はこのチームの皆さんと一緒にこれからもずっといたいし、一緒に定年退職の日を迎えたかったっていう、本当に家族みたいな気持ちになっているんで。
ただ、それでもやはり職員の皆さんと私というのは立場が違って、私はやはり市民の皆さんから選ばれて、市役所の代表でもあるけれども、市民の代表としてここに入ってきているわけである。だからそこで、やはりその緊張感とかですね、それから、やっぱり私が、やっぱり長く続けることで、だんだん、当然私が思い描くビジョンというものに職員の皆さんもだんだん最適化されていくというような。これを、やっぱり定期的にリーダーが代わって、また新しいリーダーの発想だとか、新しいリーダーが見つける人材というのがまた活躍を始めるということでですね、いろんな方がやっぱりそこで活躍できたり、もしくはまちづくりも、また私がそんなに、なんていうの、注目をしていなかった部分に注目をして、また新たな部分が元気になる部分が表れたりということはね、これがやっぱり組織論として私は健全だと思うし、リーダーがその姿を見せていくということが大事なんじゃないかと思いました。
記者
ありがとうございます。
市長
はい、どうぞ。
記者
日本経済新聞の森と申します。
この16年間でスタートアップに関する政策も相当されていて、個人的につながりのあられる経営者の方もたくさんいらっしゃると思うんですけれども、今後、市長を離れた後で、こういったスタートアップについては、ご自身として何か関わっていくとか、例えばご自身で起業とか投資をされてみるとか、そういったことは、今お考えはお持ちですか。
市長
ありがとうございます。私はもうすでに、今の自分自身がスタートアップだと思っているんですね。やはり経験がない、実績がない、で、とにかく新しいチャレンジを、実績を出すということでしか、なかなか評価されにくい。これはまさにスタートアップと同じだと思っていて、自分も行政のスタートアップだというつもりでやってきました。
もちろん、このスタートアップの素晴らしさとか、素晴らしい経営者だとかサービスというのを見ているとですね、一見、何となく誤解、勘違いしてですね、何となく自分も経営ができるんじゃないかっていうふうに錯覚しがちになるんですが、これはやっぱり全く違ってですね、私は自分の得意なところを今生かしながら仕事ができていますけど、やっぱりスタートアップの経営者はスタートアップの経営として、その方の持つ素晴らしい能力があってこそできることなので、そうした皆さんをよく知っているから自分ができるかというと、それはまた違うと思うんですね。
ですから、もちろん将来について何か現時点で決めているわけではないので、絶対それもないかというと、それはたくさんある選択肢の中の一つにはあるのかもしれないし、絶対ないと今言い切れるものではないけれども、ただ、そう簡単にね、違うジャンルに行って、もちろんその、なんていうか、同じように大活躍できるかというと、そこは冷静に自分を判断しなきゃとも思っています。
いずれにしても、ただ、自分が経営しなくてもスタートアップのスピリットというのこそが、この街を、この国をさらに元気にしていく源だと思っています。それは開業率という話ではなくて、リスクを取ってチャレンジをするというスピリット。このスピリットを持つ人が増えてきて、そしてそういうチャレンジをしている人が尊敬されるような社会になったときに、福岡も日本ももっともっとよくなっていくと思いますんで、これからもスタートアップの皆さんとは関わりは続けていきたいと思っています。
記者
次の11月の市長選についてなんですけども、今後この3カ月で立候補する方が出てきた場合、例えばその方どなたかの応援に回るとか、何かしら市長選に関わるということは一切、そこはもうされないおつもりなんでしょうか。
市長
先ほど申したとおり、こういった相談って誰にもできない話ですから、全くお話しをしていないので、一体これからどういう方が出てきて、どんな議論が戦われるのかということも含めて、まだ全く次の候補だとか市長選挙どうあるべきかとかですね、どういう構図になってとかいうこともまだ分かりませんので、そこは全く未定です。
記者
先ほどから、権力の執着に対する、すごくご懸念されているというお話があったと思うんですけども、福岡県議会でいろいろ問題が起きている中でも、やっぱり何十年も政治の世界にいらっしゃる方に対する、ドンと言われたりそういう批判が今起きているのを見た中で、そういった問題が起きていることがご自身の決断に影響したということはあるのか、それともそこは全く関係なく、自分の論理というか世界の中の話で決められたことなのか、そこはどちらになるんでしょうか。
市長
今起きているさまざまな時事的な話についてはですね、何ら関係はないと。これは私が、やっぱりリーダーシップってどうあるべきなのかということを真剣に考える中でですね、今、当時を振り返ってみて、16年前、確かに誰のことも知らなかったし、36歳で入って、どこの場に行っても何となくばかにされて見られているような気がしていた。でもやっぱり、人の顔が解像度が高く見えてなかったからこそ、いろんな改革を大胆に、非常にできたところもあったと思うんですね。
一方で、例えば、天神ビッグバンでいろんな企業を巻き込んでいきながらまちづくりをしていく。一人一花運動で、企業もそうですが、ボランティアだとかいろんな市民の皆さんも巻き込んで、いろんな施策をしていくというに当たっては、やっぱりたくさんの方の協力が必要になってくる。また、そうした中で今度は多くのほかの自治体を巻き込んで、九州全体でプロジェクトをやっていくとか、西日本全体の首長とか自治体に呼びかけてやっていくというときには、また違うリーダーシップだとか、人間付き合いということもやっぱり必要になってきたりっていう。
自分も、こういう成長を遂げていく中で、自分の、これから自分はどういうふうな身の処し方をしていくべきなのかっていうことはずっと考えていて、それについてはまさに自分のプライベートとして、公務ではなくてですね、のほうで本に書いたりして、そういう中で実はまとめていたというようなこともあって。ですから、これ自体は、こういう今回の決断自体はですね、これは昨今の話ではなくて、ずっとこのリーダーシップの適切な在り方ということについては考えてきたことになります。
そして、私は誰かを批判するということではなくて、自分がその姿を見せていくという中で、感じ取っていただける方は感じ取っていただければいいと思うし。だから、自分はスタートから、そしてゴールまで、このようなかたちで自分は行政のトップとして立ち振る舞っていくという姿を見て、また誰かのそれが道しるべになってくれたらいいなという思いで取り組んでいます。
記者
ありがとうございます。
市長
はい、どうぞ。
記者
RKBの田中と申します。
先ほどちょっと出ていたんですが、要所要所で高島市長のほうから、次の世代に襷をつなぐ、襷という言葉をよく使われていたように思うんですが、あらためて、市長、襷という言葉に込めた思いとかですね、襷という言葉を市長自身がどのように思っているかというのを、ちょっといただいてもよろしいでしょうか。
市長
まちづくりは、一人の手によって完成するものではなくて、常にその時代その時代によって、価値観とか市民の皆さんが求めること、ずっと変わっていきます。そして、福岡市役所の応接室に行くと、歴代の福岡市長の顔写真がずらっと並んでいるんですね。
例えば、福岡の街を見たときに、ああいうPayPayドームのような、あんなドームがあって、その後ろを、海をまたぐかたちで都市高速が走っているとか、マリンメッセがあったりっていう。僕らはぐるっと一周、環状線で都市高速があるの当たり前って思っているけど、こういうことだって、ものすごい時間をかけて、やっぱりコストもかけて、そして今当たり前にそれを通行料払ってその恩恵を享受しているんですが、きっとその世代その世代で、当時もすごい批判があったと思うし、お金かけすぎじゃないかって当時もきっといろんなこと言われたと思うんですね。
でも、やっぱりそのときそのときのリーダーが街の将来を考えてチャレンジをしてきて、そしてまちづくりは続いているという、まさに福岡市政、まちづくりというのは、リレーであり、襷をつなぎ続けて今の世代、そして次の世代により良い街を残していくという、これが市政の本質だと思っています。だから私も、私が襷をもらって走っている限り、その時点において、やっぱり少しでも順位を上げて、タイムを上げて、そして次のリーダーに襷をつないでいくっていう。それを自分が任されている間は全力で走り切るというのが務めだと思っていますんで。それで、襷という表現を使いました。
記者
ありがとうございます。
市長
はい、どうぞ。
記者
すみません、TNCの兼海と申します。
16年間の任期の中では、市議会との関係もさまざまあったかと思います。10年前あたりには空港問題とかもありましたけれども、もちろん良好な関係でもあったとは思います。そのあたり、ご所感いかがでしょうか。
市長
そうですね、前提で言っておきますけど、今日はまだ振り返りの回には本当はしたくなくて、12月、本当に最後まで走り切った後に振り返りたいと思います。
ただ、もう質問も出たのでそこまで答えますけど、それは振り返ればね、福岡市議会とは、そりゃあ私の議案を否決されたり、それから、私が逆に再議というね、あれ60年ぶりだったかな、再議というのをさらにひっくり返すというようなかたちで、本当にばちばちとやりあってきたり。でも、コロナみたいなピンチがあったときは協力をして、臨時議会何度も開いてもらってどんどん可決をしてね、コロナという未曾有の危機の状況で協力してできたりっていう。そういう意味では非常に緊張関係を持ってね、関係を築けたのかなと、今となってはすごく、そういうふうにも思っていますし、また、別に今日で終わるわけではないんで、最後の日までね、それは両輪として緊張感を持って、いい街になるように切磋琢磨できればいいなと思っています。
市長
はい。
記者
すみません、さっき聞きそびれたんですけれども、SNSに投稿するときの状況をちょっと聞かせてほしくて。ご自宅でやられた、文章を書かれたんですか。結構長文だったんですけど。その辺は。
市長
長文ですよね。これは、かなり前から、作っては修正し、作っては修正し、というのを繰り返していました。ですから私の携帯のメモのところにピン留めして、それで、書いた後いったん寝かせて、もう一回客観的に見てというのを実は繰り返して、然るべきタイミングのときにこれを発信しようと思っていたんですね。
本当は、最初の案だともっと短い案だったんですけど、やっぱり、これだけを受け取った方が、その、やっぱり真意がよく分からないとなったりですね、そこで悲しませるのもよくないなということで、最終的にはちょっと長いというか長すぎるというか、かなり長くはなったんですが、できる限りの自分の素直な思いとか葛藤も含めて文章に盛り込むというかたちで、昨日発信しました。
記者
一番最初に原稿を書いたのはいつぐらいだったんですか。
市長
んー、もう半年ぐらい前なのかなあ。
記者
じゃあ、それをスマホで最終的にボタンを押して、というかたち。
市長
そうですね。もちろん、そういう、先ほど申しましたけど、4期目の頃からですね、だったので、残り1年ですがという質問のときもですね、もちろん自分の中にはあったけど、そんな1年も前から次は不出馬ですなんて言ったら、もうその1年間緊張感が本当抜けてしまうんで、心苦しかったんですが、そこは適切なタイミングでお答えしますというかたちで言わせていただいていましたが、ただやっぱり、来たるべき日は来るということで、自分の考えを、頭の中を整理する意味でも、そうしたことはしていました。
記者
ボタンを押されたのはご自宅ですか。
市長
自宅です。はい。
記者
ありがとうございます。
ちょっと、先ほどの県議会の話で、折しも、今日、蔵内議長の議員辞職というお話、詳細ご存じないということだったんですけれども、これが、折しも同じタイミングになったということ、何かしら、うがった見方をすればですよ、何かしら示し合わせたんじゃないかという見方をされる人もいるかもしれないと。そのあたりの事実関係、どうでしょうか。
市長
はい。示し合わせた。それ、うがりすぎだと思いますが。全く、なんというか、直接会うこともなければ、電話もメールも、人づても含めて一切それはありませんし、今、私はその話も初めて聞きましたし、それが決めていたことなのか合わせたのかは、私は全く分かりません。
記者
ありがとうございます。
私から最後なんですけれども、昨日のブログ、SNSの中に地下鉄延伸も動き出しましたという一文がありました。これ、まだ動き出したというよりも、まだいくつかの延伸。
市長
議論が動き出したということですね。
記者
という理解でよろしいですか。
市長
はい。ということです。
記者
何か、このルート、特定のルートに関して延伸が進み始めているという。
市長
いや、そういうわけではなくて、交通マスタープランが出来上がって、それに向けて、要するに実現可能性がある所からどんどん、プランはつくるだけじゃなくて実行していくことが肝要なので、そういう中で、例えば先日の貝塚線の西鉄の林田社長との合同会見も含めてですね、いろんなものが具体的にどうすればできるかという方向性で検討が始まったりということを、動き出したという表現にしました。
記者
何か、空港の国際線とか、そういったものへの意欲がにじんでいる表現なのかなと私は思ったんですけれども、そういうことではないと。
市長
はい。さまざまな議論が動き出したという意味で捉えてください。
記者
ありがとうございます。
市長
はい、どうぞ。
記者
お疲れさまです。FBSの樋口と申します。
昨日22時半すぎにSNS投稿されていましたけれども、本来は何時頃投稿を、高島市長、想定されていたんでしょうか。
市長
はい。22時前にはしようと思っていました。要するに、これはなぜSNSが最初なのかと多分思われると思うんですけど、これは、どこか1社が抜いたら嫌でしょ。だから、だし、もっと早い時間だったら、皆さんも多分いろんな所に電話かけていたと思うんですね。そうやって、その方も聞いていないのにいろんなこと聞かれても多分困るでしょうし、そうすると、できるだけ遅い時間で、私のいろんな知っている方とか、いろんな方にご迷惑かからず、かつ、マスコミの皆さんもですね、やっぱりこれ、よそに抜かれたら嫌でしょうし、それをだから公平に皆さんに、これはお伝えできるかなというようなこともあって、あの時間のタイミングにしました。
記者
この投稿の前に数人の方にお電話されていたというお話ありましたけれども、何人ぐらいの方にお電話をされましたか。
市長
それは、それはですね、例えば10人もいて俺が入っていないのかという話になると、例えば。となるので、そこは詳細は控えますが。
ただ、やっぱり、一人ひとりが、やっぱり16年間の一緒に頑張ってきたこと、苦しかったときのこと、そんなことをお話しをされたりとか、むしろその翻意ということだけじゃなくて、そういった思い出話にもなったりしてですね、それでやっぱり、一人ずつ長かったり、私も、正直昨日はずっと泣きっぱなしだったんで、やっぱりね、そういう皆さんの言葉を聞いてですね。決断が揺らいだということではなくて、やっぱりその感謝を伝える中で、やっぱりそういう気持ちになっていたんで。それで頭痛くなったりとかですね。まあそんな状況でした、昨夜は。
記者
今日は市役所登庁される際は、どのようなお気持ちに、いつもと変わったお気持ちになられたかと思うんですけど、どういったお気持ちになられて登庁されたんでしょうか。
市長
いやあ、意外と、なんていうか、昨日から対応に追われていて、一つ返したらまた新しいメッセージが来るというような感じで、もう次々に来ていて、でも内容が内容で、向こうも熱い思いでいただいているのに、なんか、了解とかだけで返せないじゃないですか。そうすると、一人ひとりカスタマイズした、やっぱり内容になってくるんで、ずっとそれを対応していたので、実は何かもっといろんなことを思うかなと思ったんですけど、意外とそこはもういっぱいいっぱいの中で今日は来ました。
記者
ありがとうございます。
それでは別件なんですが、先ほど市議会との緊張関係を持ってというところありましたけども、以前、市の職員にアンケートを取られるというお話あったかと思うんですけど、もし進捗あれば教えてください。
市長
今日、その話も本来聞くことになっていたので。ただちょっと今日、こういう状況になったので予定がどうなるか分かりませんけれども、まだ、これから伺うことになっています。
記者
ありがとうございます。
市長
じゃ、どうぞ。1、2の順番で。はい。
記者
すみません、テレQの森と申します。
すみません、ちょっとまた別件で恐縮なんですが、アルミ缶の持ち去りについてちょっと。
市長
アルミ缶。なるほど。
記者
はい、そうなんです。過料から厳罰化へというところで話が、6月の議会で出たかと思うんですが、その後の進捗だったりというところを聞かせてください。
市長
なるほど。ちょっと私も話は聞いています。その方向性で進めていくということは聞いているんですけれども、ちょっと今そこについての話を、今、直前で調べたわけじゃないんで、ちょっとどうなったかが今すぐ答えられる状況ではないんですが、今おっしゃった方向性で進めていくということは聞いています。
市長
はい、どうぞ。
記者
毎日新聞社の井土と申します。
初当選されたときの市長選では、5,000万円を要求されたというお話を本に書かれていて、それについてあらためて、以前の市長定例でも、支払っていないということをお話されていたかと思うんですけれども、また新しい方が市長選に臨まれるに当たって、そういった金銭授受が行われる可能性のところの懸念というのを、市長自身としてはもうないと思われているのかというところと、あともう1点、新しい世代の方がなるに当たって、ご自身は支払わずに市長になられているということで、そのあたり、支払わなくても市長になれるんだというところへの思いを教えてください。
市長
私は、先ほども申しましたが、誰か批判して、その人一人の問題に矮小化するんじゃなくてね、私は自分が理想とする首長像ということをしっかり自分がそれをまずやって見せるということで、より多くの皆さんにとって、本質的にそうしたことが可能なんだという、そんな希望になれればいいということは意識しながら取り組んできました。
もちろん今こうやって皆さんが報道していただけることによって、多分全国での、これは大きな牽制になって、なかなかこういったことはもう起きづらい状況になるんじゃないかと思っております。私自身は、山を登るところからですね、最後の自分の退き際も含めて、今、政治不信というところが非常に言われていますけども、そうではない。やっぱりまちづくりってすごく魅力がある仕事だし、そういう政治独特の、何か悪いイメージがある、そんなものに染まらなくたってチャレンジできるよということを示すことができればというつもりで、引き続き、今後12月6日まで務めていきたいと思います。
記者
ほかに質問はいかがでしょうか。
記者
すみません、たびたび失礼します。
そうすると、現時点では今後のご自身の方向性だったりとか、まだ後継みたいなものについては未定であると。
市長
はい。全く決めていません。
記者
任期を満了した時点で、何かしらの方向性とか、ご自身の、どういうふうにやっていくみたいなものは、また発表されていくようなかたちになるんでしょうか。
市長
発表も何も、まだそれは。それから考えるという感じなんですかね。自分のことですけど、なんていうか、自分が希望してできることばかりでもないですし、どういう、自分が選択を、そのときに心境になるかで決まるのかな。少なくとも、でも、本当に現時点で何も決めていませんし、それから、やっぱりそういうことじゃなくて、今は本当に任期を満了をしっかりしていく。ここでやっぱり気を緩めるわけいかないということを大切に考えて行動したいと思います。
記者
分かりました。ありがとうございます。
市長
どうぞ。
記者
産経新聞の一居ですが、高島さんがこれまで活動をされて、築かれてきた中央との人脈と言いますか、やっぱり、亡くなられました安倍元総理、もしくは麻生さん含めて、中央との強いパイプと人脈がですね、福岡がこれだけ活性化したというところもあろうかと思うんですが、そういった人脈とかパイプは次につないでいけるようなものなのか、何かご自身で、次の方にバトンタッチする上で、何か、そういった意味で貢献したいことがあるのか、そのあたりいかがでしょうか。
市長
どなたがなるのかということについては、これは市民の皆さんがこれから行われる、多分想像もしていなかったような、例えば人がどんどん出てきて、そこでビジョンを争っていく中でね、市民の皆さんが次のリーダーは決めていけばいいなと思っています。
一方で、もちろん自分がもし求められるんであればですね、私が知っていること、経験したことでもし参考になることがあれば、いくらでもご協力はしていきたいと思っています。ただ、もちろん誰しも新しいリーダーって、前の人がね、あんまり口出してくるのはもちろんこれはやりにくいでしょうしね。だから、そんな求められてもいないのにしゃしゃり出ることはもちろんしたくないと思っています。ただ、一方で、もしそうした、もちろんこれまでのネットワークだとか、こうしたことももちろん必要あったり、おつなぎすることはもちろんできますんで、求められることは喜んで次のリーダーに協力していきたいと思います。
記者
ありがとうございます。
市長
はい。
記者
KBCの浅野と申します。
ちょっと突飛な質問で恐縮なんですけど、ネクタイの色味が、4年前の出馬のとき、猪木さんの赤いネクタイを締めていた記憶があってですね。今日もし意味合いがあれば教えてください。
市長
このネクタイは、私が初登庁したときに着けていたネクタイと同じメーカーのものなんですね。京丹後市にあるクラフトでつくっているところがあって、ちょうどそのときに、このメーカーのを使っていた。なかなか、廃れていく地域のいろんな技術というのを次につなげるチャレンジを現地でしていたりとか、手に持っていたバッグというのは、あれはシートベルトを再利用してつくったとか、こういうチャレンジをしているものを、実は初登庁の日は着けていたんですね。
それで今日、ネクタイ選ぶときは、実はそこのメーカーのを使っていたというところはありますけど、まさかそんなことを聞かれるとは思っていなかったんで。けど、そういうことです。
記者
意図して今日選んだということでいいですか。
市長
そうですね。これはちょっと最初の日に着けてきた、そのときのメーカーのネクタイを着けました。
記者
ほかに質問はいかがでしょうか。
記者
せっかくなんで。
市長
せっかくなんで。ちょっと、ついでみたいなの。
記者
いや。今後行く先についてまだ何も決まっていないということだったと思います。一方で、例えば、副首都もありますし、福岡県知事選に関心があるんじゃないかというような憶測もありますけれども、そのあたり、可能性としてはありますか。
市長
全く考えていない。まだ何も決めていないというのが、もうそれ以上でもそれ以下でもないし、私がこういう決断をするときに、もしかするとね、今のいろんな情勢の中で判断したんじゃないかという方もいらっしゃるかもしれませんけれども、これはもう以前から自分の退き際ということは考えていましたし、そのような何かの意図があったりするということで今回退くということではありません。
記者
今の発言からすると、可能性自体は否定はされないけれども、という理解でよろしいですか。
市長
可能性否定せずという見出しになるとですね、それはまたニュアンスとしてそういうわけではない。今、服部さんが非常に頑張って改革をしようということで、本当に頑張って、精神的にもね、相当きついと思うんですけど、頑張っていらっしゃる中で、本当にその改革が県民から信頼得るために、ぜひ頑張っていただきたいと思っていますし、私の将来については本当に何も決めていないということです。
記者
でしたら、例えば。
市長
例えば。
記者
大臣だったり、民間登用、まあいろいろと副首都であったりとか、防災庁も発足しますね。そういったあたりの、例えばそういう民間登用の大臣という話が来た場合の可能性というのは、受けるのか受けないのか、可能性というのはあるんですか。
市長
もう一切、これも決めていないですし、私は12月6日の日まで、しっかり福岡市長としての職責を務めていくということに全力投球したいと思います。
記者
はい。ありがとうございます。
記者
ほかはいかがでしょうか。
ではもし、市長から何か言い残したことであったりとかですね、最後にとか、もし一言ありましたらお願いします。
市長
そうねえ。私は何かを成し遂げたりとか、もしくは何かを実現するという山を登ること、どうやってこの山を登ればいいんだという、そっちばっかり考えていて、山を下りることというのは、自然に、自分が力を抜けば自然に下りていくもの、下りていく、落ちていく、引きずり下ろされる、いろんなパターンがあると思うんですけど、登ることばっかり考えて、そんなに下りるということを考えていなかったんですが、今回自分が、やっぱりこの決断を考え出してから、山を下りるということも、こんなに大変だったんだという。むしろそっちのほうが精神的にものすごくきつくて、やっぱりそれは、私が登ってきた過程は、決して私一人ではなくて、たくさんの仲間と、市の職員と、企業の皆さんと、もう本当にたくさんの人と一緒に登ってきた道を、役割とは言え自分一人が下りるということになる。そしてその決断は自分でするということが、こんなにきついことなのかというのは正直今回を経験して、すごく思いました。
いずれにしても、私は別に今日でさよならではありません。12月6日、任期満了までですね、全力でこれからも福岡市の市民の幸せのためにですね、行政としてしっかり、リーダーとして働いていきたいと思います。以上です。
記者
はい。では、よろしいでしょうか。
ではこれで市長会見、終わりにします。ありがとうございました。
市長
はい、ありがとうございました。
※発言・質疑内容について、できるだけ忠実に作成しております。