(2018年3月取材)
HOTEL ZABaN
平成29年7月、都市計画法の「市街化調整区域」に指定されている志賀島で、平成28年6月に行われた土地利用の規制緩和により元の旅館の設えを残しながらリノベーションされ誕生したホテル「ZABaN」(ザバン)。その空間は、コンセプチュアルで視覚的にも魅力的です。SNS映えするデザインはもとより、ゆっくりと時間を忘れて滞在できる充実したサービスが評判を呼び、すでに海外旅行者のリピーターもいるほどです。
そんなZABaNのマネージャー兼シェフの境将希さんに、志賀島の出身でも縁があるわけでもないこの地を選んだ理由や企業としての考え方、移住して感じていることや今後の展望などをお聞きしました。
境将希 HOTEL ZABaN マネージャー/シェフ
昨年7月22日に、ZABaNは志賀島に誕生しました。事業は境さんのお姉さんの会社ともう一社との共同出資。その経緯は実にインスピレーションに満ちています。
「もともとホテル業をやりたがっていた姉から、ある日、『物件が決まったからここで働いて』と言われて。私はずっと飲食業しかしてきていないので、いきなりホテルのマネジメントと言われても…と当初は戸惑ったのですが、なんだかあっという間にここまできましたね」
飲食の仕事が一段落し、「少しフランスにでも行ってみようかな」と考えていた境さんの計画は、お姉さんの鶴の一声でまったく未知の世界に軌道修正されます。話が出たのが昨年の1月。境さんはフランス行きを取りやめ、草津温泉の旅館に修行に入り、2カ月ほど旅館経営について学びます。3月、現在の物件の契約が完了し、共同出資してくれた会社のメンバーとともに5人で8割のDIYを経て、7月にオープンしました。
オープンまでに1年がかかっていないことも驚きですが、境さんはそれまで神戸より西に降り立ったことがなかったというから本当に急展開の1年です。不安だらけに思えますが、ホテルに関しては共同出資先の企業に事業経験があったことによる安心感もあったようです。
「実は3年前から、ZABaNで共同出資している会社が小田原の築100年の旅館をリノベーションして『日乃出旅館』という宿を経営していまして、90%が外国人のお客様でとても好評なんです。逆に『そんな現代的なものを置かれては古き良き日本を体感しに来ているのに雰囲気が壊れる』とお客様にダメ出しをされるほどで、日々修正を加えながら『ザ・日本の旅館』として運営しています」
古い宿を手作りで再生させながら、顧客に合わせた新しい文化を作る、どうやらその理念がZABaNにも踏襲されているようです。
「ザバーン」という波の音を模した「ZABaN」。ロゴのデザインも、「Z」を波の形であしらわれており、館内の各部屋の名前とサインも「天色(あまいろ)」、「藍(あい)」、「群青(ぐんじょう)」、「瑠璃(るり)」など、青を基調とした日本の伝統色で配色されています。「時間に追われる日々の暮らしを忘れてゆっくりして欲しい」という想いから、部屋にはテレビも時計も置いていません。
自分たちの手で作り上げるDIYというスタイルにこだわり、元の旅館の設えを最大限に生かしている窓からの眺め。丸窓から見える借景や、座ったときに目線に入る窓越しの穏やかな海、そのもっと先に見える福岡の市街地の営み。すぐ近くに都心の喧騒を感じながらも、のんびりと心のひだを解きほぐされていく絶妙な立地と空間が、ZABaNの魅力です。そしてその一つひとつが、スタッフによる手作りであることも大きな特徴のひとつ。手塗りされたしっくいや壁面の色合い、ところどころに残る刷毛目などが、かえって味わい深く、田舎の親戚の家に遊びに来たような安心感を生み出しています。
全6部屋が休日には9割埋まってしまうそうですが、その利用者のうち半数が海外からのお客様。しかもすでにリピートされている方もいらっしゃるそうです。季節による変動はほとんどないそう。「ただ、まだ1年経っていませんから参考になる数字ではないですし、これからどんどん更新していくことがありますね」と境さんは語ります。
そして、気になるのは「福岡市のリゾート地」として位置付けた場合の福岡の利用者率ですが、約10%と開業1年未満とは思えない認知度で、素泊まりや泊まらずに夜までゆっくりしてご自宅に戻られるなど、想いおもいの使い方をされているそうです。千早や西戸崎など、すぐ近くからの宿泊者もいるとのことで、近場にあるリゾートとしての利用のされ方がなされていると言えそう。その利用のされ方についても聞いてみました。
「何もしない時間を過ごして欲しいので、強制的なメニューはありません。イメージは客室というより寝室。だからお食事は1階でお出ししていますし、滞在者同士のコミュニケーションの場にもなっているんです」
何もない、何もしない時間を過ごす贅沢さが、ZABaNに再び足を運びたくなる理由なのかもしれません。
客室は全6室。それぞれに日本の伝統色がつけられており、青のグラデーションになっています。
元の設えを残してリノベーションされた空間。部屋の名前と同じ色が壁に塗られています。もちろんスタッフによる手塗りです。
一番人気の24畳の部屋。2家族で一緒に泊まる方が多いそう。時計もテレビもないので、自然の営みに合わせてゆったりとした時間を過ごせます。
料理人でもある境さんに、使用している食材についてもお聞きしました。
「海産物は、卸業者さんに頼んでいますが、近所の漁師さんからも直接買います。野菜は九州各地のものを。というのも、すぐ近くにベジフルスタジアム(青果市場)があるので、そこに出入りしている八百屋さんから仕入れるほうが、鮮度も高いし安定して仕入れることができるからです。志賀島の食材にこだわりすぎると、供給量が見えないものもあるので、そこは“美味しいものを新鮮なうちに提供できることを大事にしよう”と考えています」志賀島産のものにこだわりすぎず、柔軟に食材の選定ができるのも、ZABaNがお客様に提供したいと考えている理念がしっかり固まっているから。無理をせずにのびのびと毎日のメニューを考えている様子が伝わってきました。
(取材/後藤暢子)
住所:福岡県福岡市東区志賀島1736-2
電話番号:092-719-1190
http://zaban.jp/