江戸時代、能古島は黒田藩の鹿の猟場で、最盛期には約600頭の鹿がいました。その鹿が田畑の作物を荒らすのを防ぐため、天保7(1836)年に東西2kmにわたる石垣が作られました。この石垣を鹿垣といい、高さは2m、その前面には幅3mの溝が掘られ、鹿の南下を防ぎました。
「鹿垣を守る会」は、2005年の西方沖地震などで大半が崩壊していた鹿垣を魅力ある歴史文化遺産として再生させようと、島内外から集まった有志が立ち上がり活動している団体です。2024年度には、約300メートルの鹿垣の石積みや、周辺の里山林、鹿垣沿いの遊歩道の整備が完了しました。全長2キロメートルの整備を目指して、活動が続けられています。
また、この活動は鹿垣の保護にとどまらず、荒廃した森林の再生や、自然災害への防災・減災対策、さらにはイノシシなどの害獣から農地を守ることにもつながっており、能古島の自然環境と暮らしを守るうえで、重要な役割を果たしています。
西区能古
2022年1月
53名