也良崎(やらのさき)万葉歌碑
「沖つ鳥 鴨とふ船の帰り来ば 也良の防人 早く告げこそ」(巻16・3866)
北部九州には、国を守るために遠く関東から派遣された防人(さきもり)が置かれていました。能古島北端の也良崎は、この防人が置かれていたことがわかる全国唯一の場所といわれています。神亀年間(724~729)に対馬に米を運ぶことを命じられた志賀の荒雄は、船の遭難で帰らぬ人となり、その妻子が夫を恋い慕ってこの歌を作ったといわれています。
また、筑前国守であった山上憶良が妻子の悲しみに同情し、代わりに作ったという説もあります。
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