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現在位置:福岡市ホームの中のくらし・手続きの中の環境・ごみ・リサイクルの中の福岡市の環境の中のごみ・リサイクルの中のごみ処理施設・ごみに関するデータから夜間収集の歴史
更新日: 2011年3月9日
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夜間収集の歴史



1.ごみの収集の沿革

福岡市は、武家の町福岡部と商人の町博多部がひとつになり、明治22年4月1日市制が施行され、その当時の人口は約5万人でした。その後周辺30町村を編入し、昭和47年4月には政令指定都市の指定を受け、平成12年4月には人口約133万人となっています。ごみの収集は市制施行以前から民間の手によって、定期的に収集作業が行われていたようですが、明治24年福岡市掃除定則を制定し、市としてはごみ収集部門の民間への請負制度を開始しました。当時はかごや荷車などによる人力作業でしたが、社会情勢の変革、近代化に伴って荷車が馬車に代わり、三輪車、トラック、ダンプ、そして現在のパッカー車となり、収集器材も近代化されてきました。


2.夜間収集の開始


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明治から昭和の初期にかけてのごみは、農家の肥料や家畜の飼料に利用され、収集作業も専業者ではなく、農業者や他に職を持つ兼業者でした。このため、農作業や本職にかかる前の早朝にごみの収集を行っており、これが本市における夜間収集の前身です。夜間収集の本格的な移行は、モータリゼーションの幕開けといわれた昭和32年頃からで、馬車から三輪車に代わり闇夜でも運搬作業が可能となり、また年々深刻化する交通渋滞を避け、交通量の少ない深夜に作業することが収集運搬に最も効率的であることから夜間収集体制に移行していきました。