
第21回 正保福博惣図
江戸時代初期の福岡の様子を知ることができる貴重な資料に「正保福博惣図(しょうほうふくはくそうず)」があります。これは、徳川幕府が正保元(1644)年に全国の大名に命じて国ごとに作成させた「正保国絵図」と共に作られた城下町詳細図です。幕府に提出された原本は現存していませんが、市博物館の絵図は福岡藩作成の控えの写しとされています。横幅が五メートルもある巨大なものです。

絵図には、福岡城を中心に、川や橋、道路や門などが詳細に描かれており、海岸線は単調で、防波堤や船着き場などの設備も少なかったことが分かります。
この頃の城門には、「枡形(ますがた)」と呼ばれる構造が多く採用されました。枡形は、門の前後を四角い区画で囲み、敵がまっすぐ進めないよう、設けられた門の造りです。福岡城跡に復元された下之橋御門前では、枡形の構造を見ることができ、防御の工夫を今に伝えています。

また、城下町には治安維持や防火対策のため、門や番所が設けられていました。薬院門、赤坂門、黒門などの門が置かれ、人や物の出入りを管理する役割もあり、町の秩序を保っていたとされています。
なお、正保福博惣図(原寸大の複製)は市博物館(早良区百道浜三丁目)で見ることができます。
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