
第20回 名鎗(めいそう)「日本号」
「日本号」は、豊臣秀吉が福島正則に与えたと伝わる鎗(やり)です。柄を含めた総長が約3.2メートル、刃の長さは約79センチもあります。
この鎗を手にしたのが、黒田家の武将・母里太兵衛です。黒田二十四騎の一人に数えられる勇将で、酒豪としても知られていました。
太兵衛には、こんな逸話が残っています。
主君・黒田長政の使者として福島正則の元を訪れたある日のこと。
長政から禁酒を命じられていた太兵衛に対し、正則は酒を勧めました。太兵衛はこれを断りますが、正則はなおも勧め、「大杯の酒を飲み干せば望みの物を与える」と約束したといいます。太兵衛はこれを飲み干し、その褒美として「日本号」を手に入れたと伝えられています。この話は後に民謡「黒田節」として広まり、太兵衛と「日本号」の名が広く知られるようになりました。
詳細な時期は明らかではありませんが、明治維新後、母里家は「日本号」を手放したようです。
昭和初期の新聞記事によると、明治後期には、玄洋社の頭山満が入手し、博多で人々のために力を尽くした大野仁平に譲ったとされています。
最終的には大正時代に実業家・安川敬一郎が買い受け黒田家に贈られました。
その後、昭和53年に黒田家から福岡市へ寄贈されました。
「日本号」は現在、福岡市博物館(早良区百道浜三丁目)で見ることができます。

問い合わせ
中央区企画振興課
電話 092-718-1013
FAX 092-714-2141