志賀島には「志賀海神社」があり、古代日本を代表する海洋民族の阿(安)曇(あづみ)族の本拠地として知られています。「日本書紀」には、各地の海人(あま)が騒動を起こし神の命に従わなかったため、志賀島の阿曇の祖、大浜宿禰(おおはまのすくね)を遣わしてこれを鎮めさせたことから海人の統率者に任じられた、と記されています。
日本各地には30か所以上の「しか」「あず(づ)み」を冠した地名があります。内陸の信州の長野県安曇野市もその一つで、日本アルプスの総鎮守「穂高神社」が鎮座しています。穂高神社は古代より阿曇氏の定着地とされ、その祖神、綿津見命(わたつみのみこと)、宇都志日金折命(うつしひかなさくのみこと)(穂高見命(ほたかみのみこと))が移り祀られたのが始まりと「古事記」にも記されています。
穂高神社の例大祭「御船(おふね)祭」は白村江の戦いで戦死した阿曇比羅夫(あずみひらふ)の命日とされる日に開催されています。大きな船形の山車(だし)が登場し、豪快にぶつかり合います。志賀海神社で毎年春秋二回行われる「山ほめ祭」の山の恵みに感謝する心に通じるものがあります。


千数百年の時を経て、平成元(1989)年に、福岡市と安曇野市(旧穂高町)が交流を復活させました。穂高神社と志賀海神社はもとより、多くの市民が今も交流を続けています。
「歩・歩・歩(さんぽ)・会」 古賀 偉郎