【東区】歴史歩・歩・歩(さんぽ)
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松崎の三面地蔵と筑前竹槍一揆「歩・歩・歩(さんぽ)・会」平山 勲(84歳)

 松崎には三面地蔵といわれる石碑があります。「多々良川遭難者追悼の碑」の通称で、明治初期の筑前竹槍一揆で犠牲となった政府の役人三人の慰霊碑です。
多々良川遭難者追悼の碑の写真
 筑前竹槍一揆は、旧筑前国(現在の福岡県の大部分)のほぼ全域で起きた暴動です。明治に入って以降、廃藩置県などの中央集権的な政府の改革と、大干ばつや米価暴騰が重なりました。このため、政府に不満を持つ農民など約10万人が立ち上がり、当時の国内最大級の一揆となりました。
 政府は、鎮圧のため、軍の出動を命じました。その頃、来県していた政府(大蔵省)の役人三人が、小倉から福岡に向かう中、一揆集団に捕まり、多々良川河畔で命を落としました。
 以後、松崎では火災や疫病がしばしば起こり、殺された役人のたたりではないかといううわさが広まりました。そのため松崎に、被害者三人の鎮魂のために三面地蔵を建てたところ、火事の発生や疫病がすっかり治まったと伝えられています。
 松崎会館の船越事務局長は「近年まで、地域では、慰霊のための地蔵祭が行われていました。松崎地区の皆さんの優しさを感じます」と話しました。
 近くまで来られたら、三面地蔵に立ち寄って、当時をしのんではいかがでしょうか。
三面地蔵の地図









 








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