福岡県西方沖地震
~あれから20年~
テキスト版「福岡県西方沖地震~あれから20年~」
令和7年3月20日は「福岡県西方沖地震」の発生から20年。 20年前の映像や、玄界島で被災した方々のインタビューなどを通して当時を振り返り、市の防災・減災の取組みを紹介する動画を作成しました。
西方沖地震を教訓に「福岡市の今」
2005年3月20日。福岡県の玄界灘で発生した福岡県西方沖地震。
マグニチュード7.0を観測したこの災害は、死者1人、1000人を超える重軽傷者を出し、建物の被害はおよそ9000棟に及ぶなど、福岡県内に大きな被害をもたらしました。
その原因となったのが警固断層帯。
専門家の言葉
「いま要注意の活断層の一つです。」
いつ起きるかわからない災害に対し、過去の教訓はどう生きているのか。
福岡市の今を追いました。
防災意識が高かった玄界島の島民
20年前、西方沖地震が発生し、震源からほど近い玄界島では震度6弱を記録しました。 玄界島には古い木造住宅が多かったこともあり、その被害は島にある住宅ほぼ全てとなる214棟が一部損壊以上と、まさに壊滅的な打撃でした。
一方注目すべきは人的被害の小ささです。そこには島民ゆえの防災意識のあり方が関係していました。
玄界校区自治協議会
井上公加会長
「やっぱり(玄界島の島民は)街と違って、もし火災が起こっても水害があっても、まずは自分たちで対処しなければいけないので。みんな防災意識が高いです。」
発災から復興にいたっては迅速に行われました。
地震発生からおよそ1か月後には仮設住宅が完成し、漁業も再開しました。
玄界島復興プランでは、改良住宅の建設、集落内道路整備、津波から避難ができる公園、防災倉庫などが整備されました。
災害に強い街へと復興を遂げた玄界島。
そして図らずも、この福岡県西方沖地震が玄界島だけではなく、福岡市全体の防災を変えていくきっかけとなっていったのです。
福岡市の真下を走る警固断層
地震の原因となった警固断層帯。
九州大学で、地震工学や都市防災について研究している松田泰治教授によると、
「いま要注意の活断層の1つということになっています。
福岡県西方沖地震で北西部がうごいているわけですが、南東部はまだ動いていない。
30年以内の地震発生率が最大で6%、想定されているマグニチュードは約7.2となっています。」
この発生確率最大6%という数値は、2016年の熊本地震と同じ確率です。
発生する危険度は最大のSランクとなっています。
福岡市の揺れやすさマップによると、福岡市中心部のほぼ全域で震度6弱以上の揺れが起きると想定。
福岡市中央区天神。この町では現在、あちこちで重機が動いています。いったい何が起きているのでしょうか。
皆で一緒に災害に強いまちへ
西方沖地震をきっかけに、福岡市主導のもと「天神ビックバン」という再開発プロジェクトが進んでいるのです。
福岡市都市創生課
井上了二課長
「天神ビックバンは、多くの市民や働く人、訪れる人の安全を確保することを目的に、老朽化したビルが耐震性の高い先進的なビルに建て替わることにより都心部の機能を高めていくプロジェクトです。」
天神ビックバンの主な建築物は、災害時の帰宅困難者の一時滞在施設と防災備蓄倉庫も備えています。
福岡県西方沖地震発生から20年。
玄界島の人々が、その一人ひとりの防災意識の高さによって人的被害を抑えたように、私たちも日ごろから防災を意識することが非常に重要です。
水や食料などの備蓄は十分ですか?
家具の固定はしていますか?
自然災害が続いているいま、改めて災害への備えについて考えてみてください。
あれから20年。
福岡市では避難所の環境改善を進めています。
皆で一緒に、災害に強い街を作っていきましょう。
2025年(令和7年)福岡市制作