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LastUpDate: January 8, 2015
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博多小知识 95

天满宫成为天神地名的由来

天满宫成为天神地名的由来 图片 

“天满宫”是祭奠著名的学问之神菅原道真的神社。特别有名的是道真去世的地点太宰府天满宮,除此以外,日本各地也有天满宮。福冈屈指可数的繁华街区天神正中也有“水镜天满宮”神社。此天满宫就是“天神”这一地名的由来。


天满宫或者菅原道真的別名是“天神样”。因此,将水镜天满宮一带称为天神。本来,这座神社位于现在的今泉地区,被称为“水镜天神”或“容见天神”。道真在博多上岸时,附近的河(现在的药院新川)上映出他的身影,他对自己憔悴的身姿悲叹,因此,修建了这座神社。


江户时代初期,1612年福冈藩的第一代藩主黑田长政为了守护福冈城的“鬼门”(忌讳的方位),将神社移建到现在的地方,取名为“水镜天满宫”。在现代化办公楼鳞次栉比的街区,只有这座天满宫展现出一片宁静的空间。在邻接的水镜天满宫小巷,狭窄的胡同聚集了许多小餐馆,呈现出一派往昔的气氛。


附近还有与道真有关的其他天满宫。据传博多运河城旁边的镜天满宫是道真抵达博多时,用镜子照身姿的地方。而且,据说博多区纲场町的纲敷天满宫是道真上岸后居民用缆绳做地垫迎接他的地方。此处原来称为“纲轮天神”,后来改名为纲敷天满宫,这也成为纲场町这一地名的由来。



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天神の地名の由来となった天満宮

 「天満宮」は学問の神様として名高い菅原道真を祭る神社のこと。とりわけ有名なのは道真が亡くなった場所にある太宰府天満宮ですが、このほかにも日本各地に天満宮があります。福岡有数の繁華街である天神の真ん中にも水鏡天満宮(すいきょうてんまんぐう)という神社があり、この天満宮は「天神」という地名の由来になったものです。

 天満宮、あるいは菅原道真の別名は「天神様」。このことから水鏡天満宮のある一帯を天神と呼ぶようになったのです。もともとこの神社は現在の今泉地区にあり、「水鏡天神(すいきょうのてんじん)あるいは「容見天神(すがたみてんじん)」と呼ばれていました。道真が博多に上陸した際、近くの川(現在の薬院新川)に自分の姿を映し、やつれた姿を嘆き悲しんだことにちなんで建立されました。

 江戸時代の初期、1612年に福岡藩の初代藩主・黒田長政によって、福岡城の鬼門を守るために現在地に移され、水鏡天満宮という名前になりました。近代的なオフィスビルが建ち並ぶ中にあって、この天満宮だけは静かな空間が広がっています。隣接する水鏡天満宮横丁は狭い路地に小さな飲食店がひしめき合い、昔ながらの雰囲気を醸し出しています。

 近くには道真ゆかりの天満宮がほかにもあります。博多リバレイン横にある鏡天満宮は、道真が博多に到着したときに鏡で姿を映した場所と伝わります。さらに博多区綱場町にある綱敷天満宮は、上陸した道真を住民たちが綱で敷物を作って出迎えた場所とされます。もとは綱輪(つなわ)天神と呼ばれ、その後に綱敷天満宮という名前に改められました。こちらも綱場(つなば)町という地名の由来となっています。