有田宝満神社に行ってきました(2019)


有田宝満神社本殿に続く道にある2つの鳥居の写真


原西校区(有田2丁目)・月城通りの真ん中にある「有田宝満神社」に行ってきました。

この場所、この地域はとても歴史のある場所です。
通りの名前である「月城」とは、医師であり漢詩家の他、書道、南画でも才能を発揮した松口月城氏(本名:栄太 1887~1981)の功績を称えて名付けられたものです。

月城氏は18歳で当時の日本最若年記録で医師免許を取得し、地域のために医療で貢献され、人々に愛された偉人です。
松口医院がこの月城通り沿いにあったそうです。

月城氏は、西福岡中学校や早良高等女学校(現 福岡講倫館高等学校)設立にも尽力されました。
この「月城」とは、安楽平城主・小田部氏の本拠・小田部城の別名と言われ、現在の福岡講倫館高等学校のあたりに小田部城があったとされています。

また、発掘当時、日本最古の絹が発見された、福岡市でも有数の規模の「有田遺跡」があった地域です。

他にも、このあたり一帯の庄屋であった松尾孫三良氏が、「江戸時代に悪病流行のため極貧となっていた郷民のために、命を賭して減祖の懇願を行い、郷民が松尾氏を待ち続けた」ということを伝える「お日待ち」の碑が立っています。
松尾氏は死罪が決定的だったところを藩主・黒田継高公により救われたそうです。

有田宝満神社の由緒は不詳とのことですが、有田宝満神社は、この周辺の歴史を私達に伝えてくれています。

境内にはたくさんの桜の木が植えられており、花びらがひらひらと散り始めていました。


右に手水舎が少し見える有田宝満神社の本殿の写真



左奥に向かって鳥居と本殿が写る境内をとらえた写真



本殿と祠を遠めにとらえた境内の写真



右手前に桜の木が写る,境内にある大きな碑と案内板の写真



青空を背景にして,右側に大きな石碑,左側に葉桜が見える写真



 
 (こちら区民情報局よかとこ情報探検隊の望月さんによる取材記事 取材日:平成31年4月7日)
 ※「こちら区民情報局よかとこ情報探検隊」とは、早良区民が隊員として地域の名所・旧跡やイベントなどの取材活動を行っているものです。