第8回差別解消推進会議 議 事 条例改正について T第7回推進会議からの継続分 1 第6条第4号の規定について(第7回推進会議協議事項2) 事務局より、項目の趣旨を説明のうえ、委員意見があったように逐条解説に記載することが可能であることについて説明の後、委員から意見がなく、この項目については変更なしとなった。 2 第6条第7号の規定について(第7回会議協議事項3) 事務局より項目の趣旨について説明の後、各委員で協議を行った。 委員:調整案の最後の部分「障がい者に対しては情報の取得、利用、コミュニケーション及び意思決定の支援並びにこれらの選択の機会を保障する必要があること」について、保障するのは誰なのか、障がい者は保障されるのかなど、文章として主語が足りないのではないか。 事務局:現行条例も同じように「障がい者に対しては」というふうになっており、ここで調整をさせていただいているのは、コミュニケーションおよび意思決定の支援という規定に加えて情報の取得が必要という趣旨で修正をしたところである。恐らく「全ての人は」という趣旨がここに入っているだろうとは思うが、あえてここは現行条例との兼ね合いを考えて、主語は入れていない。 委員:まず、理念規定の場合には、具体的な書き方は不適切ではないのかという論点に対しては、あくまでも一般論であるということなので、それは個別に考えていいのではないかと考える。 次に例示列挙の論点については、あえてこの第6条第7号において、手話だけが具体列挙されているというのは逆におかしいのではないかと思う。具体列挙するのであれば、ほかのコミュニケーション手段についても提示をしないとバランスを欠くと思う。また、以前、推進会議の中で委員から、警察が盲ろう者のことを理解できず、誤って保護してしまったという事例があるという発言があった。こういった条例の条文の中に必ず、多様な障がいのある方がどういうコミュニケーション手段を使って生きているのかということを示すのは非常に大事だと思う。 そして、条文の調整案の後段に関して「選択の機会を保障する必要があること」とあるが、前回からお話しているように、障がい者情報アクセシビリティ・コミュニケーション施策推進法では、主体的な障がい者の情報の利用取得と円滑な意思疎通ということを目的としている。選択の機会を保障するだけでは不十分である。あくまでも障害者権利条約の障がいの社会モデル、即ち障がいの社会的障壁があるが故に、ほかの者と同じような平等な情報の取得・利用、円滑な意思疎通ができないということを鑑みれば、後段においても主体的な権利性の書き方に変えるべきだと思う。単なる選択の機会を保障されているのでなく、主体的にそれを選び取れることが保障されなければ、それは主体的な権利性とは言えないではないかと思う。 具体的に言うと、視覚障がいであれば、点字のみを用意したことで選択の機会を保障したというのであってはならず、視覚障がいの中でも点字や拡大文字あるいはスクリーンリーダー、その併用など、多様なコミュニケーション手段を選びうることができる。そのことが保障されなければ、ほかの者との平等ということは実現できないのではないかと考える。 さらに言えば、ここはあくまでも理念規定の条文であるので、権利の主体性を理念としてすら掲げられないことはおかしい。「障がい者に対しては」ではなく、後段においても少なくとも「すべての障害者は」と主体的な書きぶりにしないと、障がいがある人の権利を主体的に保障していることにはならないのではないかと考える。 また逐条解説の中でも、この規定は障害者権利条約第21条の理念を体現すると明記されているので、可能な限り障害者権利条約第21条の趣旨を含め、合わせて昨年度施行された障がい者情報アクセシビリティ・コミュニケーション施策推進法の趣旨を反映することが望ましいと考える。 委員:コミュニケーションを省くと、聞こえない人たちが見た場合に手話という言葉がないじゃないか、触手話もないというように見て分からないと思うので、見て分かるように、聞こえる人と同じようにコミュニケーションの手段がいろいろあることを、例えば手話だけではなく触手話や、点字、タブレットを使ってコミュニケーションするなど、個人個人の障がいに合わせる。その人が例えば中途失聴者の場合であれば、小さい時から聞こえないで育った場合や、ろう学校に通って途中から普通学校に通った場合など様々なケースがある。その教育環境に応じてコミュニケーション手段が違ってくる。そういう意味からしても、具体的な方法をここに示すべきではないかと思う。 もう1つは、コミュニケーション、情報を利用するというのは、言葉としては弱いと思う。情報をアクセスしやすくという意味から、「情報アクセス」という言葉をここに入れていただきたいと思っている。 事務局:調整案では、手話について「言語(手話を含む)」としているが、それ以外の内容について、委員の案にある、点字や音声、文字、触手話などは、「その他の意思疎通のための手段」という規定に含まれていると思っている。「手話を含む」と書いているのは、手話は言語であるとの認識のもと、言語として「手話を含む」と記載をしている。 それから、選択の機会を保障する必要があるという箇所についてご意見を頂いたところだが、今回の調整案では、「情報を取得し、利用し、ならびに円滑に意思疎通を図ることができる権利を有する」という規定を追加している。先ほどコミュニケーションができるという趣旨のご意見をいただいたかと思うが、ここに記載している。 委員:先ほど言ったとおり、この文章だけでは、聞こえない人たちが見た場合は分からない。コミュニケーションという意味に含んでいるかもしれないが、実際には聞こえない人もいろんな人がいる。理解ができる人もいれば、できない人もいる。そういう意味から、具体的な言葉をここに加えて示したほうがいいかと思う。それができない場合は、米印を書いて「コミュニケーション手段とは」ということで、何か説明を付けたら見て分かるかと思う。そのようなことが大事だと思っている。 事務局:前回の推進会議でも具体的な規定は基本理念には通常あまり入れないということもご意見としていただいており、ほかの基本理念の並びで考えても、具体的な規定を入れないと考えている。一方で、委員がおっしゃられる丁寧な説明というのも必要と思うことから、頂いたご意見の趣旨については、例えば逐条解説などに掲載をするといったことは可能かと考えている。 委員:今、事務局から少しお話をさせていただいたが、委員から頂いた意見を、このまま条文としてそのままというのは、正直なところほかとのバランスも含めて、基本理念にここまで規定するのは非常に厳しいなとは思っている。 一方で、さまざまなご意見も頂いており、そこを踏まえて事務局としてどういった形で意見が取り入れられるのかというのは、次回ご提案するということにしたい。 委員: 私もいろんなコミュニケーション手段があるという点については承知しているが、調整案のような形で規定するのが良いのではないかと思っている。委員の案でコミュニケーション手段について具体例が書かれているが、これに尽きるものではないと思う。多種多様な障がい、精神障がいや発達障がい等、身体障がい以外の方のコミュニケーション手段を考えるということも想定される。そうしたことも考えると、ただ例示で尽きるものではないので、定義を規定しても全ての障がいのある方を網羅できる訳ではないのではないかという懸念がある。やはり包括的な調整案のほうが、さまざまな障がいの方を包括的に、情報の保障も含めて行えるのではないかと考える。 委員:論点の一つ、理念規定になるべく具体的な規定を入れずに全体のバランスを考慮するというのは、おっしゃるとおりかと思うが、一方で、あえて具体的に述べることによって、今の状況において必要なことを明示するということも非常に大事かと思う。 先ほど、手話については具体列挙の理由として、あえて手話を言語の一つということで明示しているとあったと思う。これは、例えば手話言語条例などが全国各地でできているように、過渡期の状況であるため、言語の中であえて「手話」を付け加えているのだと思う。同じように、まだまだ現時点で福岡の地域では知られていない障がいのある人のコミュニケーション手段があり、またもちろん今後新たなコミュニケーション手段が提示されることも踏まえて、あえてこの3年の見直しにおいて、今の過渡期の段階として、障がいのある人の多様なコミュニケーション手段の具体列挙が必要ではないかと思う。そして、そのことが単なる抽象的な文言の理念規定ではなくて、あえて多様なコミュニケーション手段を具体列挙することが、条文を通じてコミュニケーション、情報の大切さということを多くの市民に知らしめていく 1つのきっかけにできればというふうに強く望む。 次に後段の条文の書き方については、一応「権利を保障する」となっているが、あくまでも理念規定であり、先ほども言ったように主体的な書き方として、選択的権利を保障するではなく、障がいのある人が、ほかの者と同じ平等を基礎として主体的に情報にアクセスできるようなことがうたわれる必要があるのではないかと思う。選択機会が保障されることも必要であるということでは、主体性まで読み取ることが非常に難しい。障がいのある人がほかの人と同じように情報を活用していく、そういう理念をここではもう少し踏み込んで記載すべきだと強く感じる。 なお、ここは私の提案がベストだとは思っていないので、協議をしてより良い条例案にしていくことには私も賛成である。ただ、理念だから何事も抽象化して、具体的なことを明示しないというのは暴論かなと思う。 委員:一生懸命読んできたが、条例とはいえ、今までは詳しく書く必要はないような感じの言い方を取ってきた感じだが、障がいを持ってある方の気持ちを考えると、詳しい事例や詳細に載せていくほうが皆さんに周知しやすい。「こういうことなのか」と、すごく具体性があるから私は載せていただきたいなと思った。省略するのではなく、やっぱり具体的に載せてあったら障がいの人の不自由さや、そこを変えていかなきゃいけないといったことが分かって私はいいのではないかなと思う。 ※この項目について引き続き協議することとなった。 3 第3章に「何人も障がいを理由とする差別を行ってはならない」規定を追加することについて(第7回会議協議事項4) 事務局より項目の趣旨について説明の後、各委員で協議を行った。 委員:この規定がいろいろ議論されている問題意識としては、今は行政と事業者が対象になっていて、市民間の差別というのは特に問題にならない。例えば、相談を受けた時も「市民間なので、ちょっと条例の対象外ですね。どうにもなりませんね」というふうになって、差別だと思うようなことがあったとしても放置せざるを得ないから、「全て」とか「何人も」とかいろんな形を変えて規定すべきだというのが問題意識に上がっていると思う。これ自体はとても賛成だと思っていて、その規定の仕方をどうするかということだと思う。 基本理念と実体規定を両方定める時には、具体的に規定する必要があるという話も書いてあるので、もしそうだとすれば基本理念には既に「何人も障がいを理由とする差別はいけない」ということで書いてある。ここに「障がいを理由とする差別」とは何かと言うと、不当な差別的取扱いと合理的配慮の不提供ということになるので、それぞれの不当な差別的取扱いと合理的配慮の不提供の規定に、「何人も」から漏れている人というのを盛り込まないといけないのかなと思う。 そのほかのページも見ていると、そもそもたたき台には何人もといった趣旨が反映された規定がない。あと、市と事業者以外の漏れている人について、不当な差別的取扱いや合理的配慮の不提供は駄目だという、そういう案が出てきていないので、そこら辺の調整が必要だと思う。 実体規定として重複するような規定をしないのであれば、それぞれの規定で行政と事業者から漏れている市民間内での差別、ないし合理的配慮の不提供も規定する必要がある。 といったところで、不当な差別的取扱いと合理的配慮の不提供の両方をしてはならないという規定の仕方をするのかということだと思うが、不当な差別的取扱いをしてはならないという話は、不当な差別的取扱いをすること自体がとても違法性が大きかったりするようなことも多いとも思うので、損害賠償の話など民事上ではなり得ると思う。合理的配慮の不提供というのは差別ではあるけれども、合理的配慮の提供という概念が世の中にまだ浸透しきっていないこともあって、今まで事業者について努力義務とされていたということからすると、その程度としては努力義務程度にとどめるなど、程度の差はあってもいいのかなと思った。 それに合わせて、ほかの条文にも関係してくるが、相談があった時の手続き関係の規定も併せて決めなければならないこと決めるということかなと思う。 委員:資料1の4ページに論点として3点挙げてあり、それぞれの論点について意見を申し上げたい。 1つは、第3章にもし書くならば、総則や冒頭の内容で良いということではなく、より具体的に規定する必要があるとの見解を得ているという論点が書いてある。まず現時点では、「何人も障がいを理由とする差別をしてはならない」という現行の条例にない条例を第3章の実体規定の中に入れていただきたいというのが1つ、これはこれで具体的な内容になるのではないかと思っている。 さらに、それ以上にここで法制課が、より具体的に規定することには具体的にどのようなことをいったか想像でしかできないが、例えば今、委員が言われたように、現在の不当な差別的取扱い、あるいは合理的配慮の提供の中に、市と事業者と併せて、市民を入れるというのが、法制課がいわれる具体的に規定するという意味なのかどうかというのは知りたいところというか、逆にこちらからお尋ねしたい。 2つ目は、第6条第2号が現行条例の第6条第1号と重なるという指摘があっているが、提案をしている条文ではそのような指摘のとおりだと思う。そういう指摘を受けたので、現在提案をしているのは第6条第2号の改正をとお話をしていたが、第6条第2号の改正、第2号はそのまま改正しないという対応も考えられるのではないかと。 具体的には、第6条第1号の規定の最後に、表現は正確でないかもしれないが「およびその権利の実現のために障がい者は差別を受けることがあってはならない」という文言を追加することによって、論点の2番については対応できるのではないかと考えている。 3点目、「実体規定に追加することの効果は何か」について、現在の条例は、第1章の総則の中で市の責務を第3条で、事業者の役割を第4条で、市民の役割を第5条で規定している。ここには市と事業者と市民と主体になる3つの類型、パターンが書いてある。それに対応して実体規定の第3章では、市と事業者については不当な差別はアウト、合理的配慮は今回法律が変わって市と事業者はアウトということになると思うが、いずれもそこについては市民のことは何も触れていないと思う。 例えば、福岡市に作っていただいたパンフレットを見ても、福岡市と事業者についてはこういうことをしてはいけないということがはっきり書いてある。しかも合理的配慮の提供とは何かということを、注釈入りで書いてある。ところが市民に求められることのところには、「差別をなくしていくという気持ちを持って行動をしていくことが求められている」「障がいや障がいのある人への理解を深めることが大切です」など、そういう非常に抽象的な言葉になっている。それは今の条例上、そういう言葉にならざるを得ないというのは分かる。 ただ、市民にとっては具体的に何をすればよいのか、逆に何をしたらアウトなのか、そういう具体的な基準というかルールが全く分からない。要は、市民は差別をなくしていくという気持ちを持っておけばいいのか、理解を深めればいいのかとか、そういうレベルにとどまっていると思う、今の条例では。 それともう1つ、私どもなくす会が一昨年行ったアンケートの中で、これは推進会議の資料として配布されているが、その資料の中でもこういう事例があった。例えば、「兄弟に障がい者がいることで兄弟の婚約が破談になった」「法事で親戚から子どもについて、“暗い”“親の育て方が悪い”と、ひどい言葉を浴びせかけられ悲しい思いをした」、あるいは「親戚から冠婚葬祭に来るなと言われた」と、実際にそういうケースが報告をされている。 これは私どもの会の中でまとめたもので、そういう具体的な事例があるわけで、市民に対しても市民にこういうことをしてはいけないとか、こういうことに努めてくださいというルールを提示する必要があると思う。ただ、総則の中で理念だけのお話で進めれば、いつまでたっても市民間の差別事象はなくならないのではないかと思っている。 それから第14条を改正していただきたいという案を提出していたが、条文の構成上、委員が提案した第15条の改正案がより適当だと思うので、第14条の修正案を削除していただきたい。 委員:私も資料1に書いているとおり、第3章に「何人も障がいを理由とする差別をしてはならない」という文言を検討していただきたいと再度申し上げる。理念規定があるから同様の文言というよりも、理念規定が大事だからこそ、より具体的にここで再度、実体規定に規定すべきだと思う。 行政と事業者は今回不当な差別的取扱い、合理的配慮の提供ともに義務規定になったが、特に最初この条例をつくる時に差別禁止条例をつくる会で行ったアンケートでは、3割が実は市民間の暴言・ハラスメントを含む差別事例であった。公園に障がい児を連れた親が行くと、みんながいつもさっと引いてしまうとか、害虫のスプレーをいつも玄関にかけられるとか、聞くに耐えないような暴言を絶えず浴びせられるとか、不当な差別的取扱いではないけれどもそういった事例は多い。委員が言われたような親族間、あるいは私人間での、人生を左右するような場面で自分の意思ではなく結婚あるいは就職を失う方々もたくさんおられた。 あと、事例でいうと、バス車内で大声を出す障がいにより、バスから降りろとかそういった事例もまだある。エレベーターに入っても、空いているのにエレベーターの乗客から車いすのエレベーター乗降のスペースがないから乗せないと断られた事例も今回伺っている。 そういった意味では市民にも、条例の効果が及ぶようにすることが必要だと思う。ただし、建設的対話を促進するためには、市民の方々に公表・勧告等の罰則的な効果を及ぼすことは避けたいので、私としては第15条「指導・助言の申し出」という規定については市民を除外する。この第15条の申出を受け、指導・助言をしても効果がない場合は、勧告・公表に至る道筋が開けるので、第15条の対象としないということで市民への罰則的な効果が及ばないということを担保しながら、合理的配慮をできる方はしていただく。あるいは不当な差別的取扱いは市民といえどもしないようにと、そういった実体的な規定を設けていただきたい。 委員:今回の意見で恐らく基本理念と実体規定が衝突するのが問題なのではないかという趣旨の発言をしたかと思うが、言葉足らずで非常に申し訳なかったが、問題があるというのは法的な解釈上問題があるというよりは、構成上、論点1の後半に書かれているように、具体的な規定として入れ込まないと意味がなくて問題があるのではないかという趣旨であった。 今、委員の意見を拝聴していると、私人間の差別あるいは合理的配慮の不提供等、具体的なものとして規定するほうが、委員の趣旨からすると良いのではないだろうかという感想を持った。やはり「何人も」とか「障がいがない人は」というような形ではなく、市民間の差別など、問題があるところを第7条に規定するなどで構成されてはいかがだろうかと思う。 事務局:委員からお話があった、実体規定に入れないことに、役割とか責務はあるけれども実体規定にない部分で、市民に具体的に何かをお願いするという趣旨も含めて、実体規定に記載すべきではないかというお話を頂いたかと思う。市民に対しては、今の現行の条例においても基本理念や市民の役割を踏まえてお願いしている。 申し上げたいのは、差別解消法では「国民の責務」という規定が第4条にある。第3条に「国および地方公共団体の責務」という規定がある。 一方で、具体的に法の第7条あるいは第8条では、行政機関あるいは事業者に対して具体的に規制するものとして、「不当な差別的取扱いの禁止」とか「合理的配慮の不提供」ということを定めている。差別解消法としても、国民の責務として、「障害を理由とする差別の解消の推進に寄与するよう努めなければならない」という規定があり、実体規定に何もないから市民に何もお願いできないということではないと考える。それは今の現行条例でも、われわれとしても、そういった趣旨を啓発していると思っている。 委員:啓発という話が出たが、ここで言うところの啓発はパンフレットを配ったりホームページに動画を作って載せたりという形での啓発、それもとても大事と思う一方で、差別をしている人は別にやりたくてやっているわけではなくて、気付かずにやっていることが多いということからすると、個別の事例を通じて一人ひとりにアタックするというか、そういう個別的な啓発というものがとても大切ではないかと思う。実体規定に置くことによって、そういうアプローチができると思っている。 委員:なくす会の委員からさまざまなご意見を頂戴し、また、他の委員から少し取りまとめたような形でご意見を頂戴している。事務局で、委員に少しご相談させていただき、なくす会の委員の皆さんの趣旨をかなり汲み取っていただいているので、具体的にどういう表現をするのが事務局で言っているものとかみ合うのかということで、次の時に案を出させていただければ、取りまとめられる方向にいかないかと思っている。 会長:ここはもう少し丁寧に次回協議した方がいいかと思う。 ※この項目について引き続き協議することとなった。 3 第7条第6号の規定について(第7回会議協議事項5) 事務局より項目の趣旨について説明の後、各委員で協議を行った。 委員:まず、条文の趣旨について、「情報の提供及び意思表示の受領」に代えて、「情報の取得および利用」「意思疎通」に改めていただいたことに感謝申し上げる。 次に、論点について意見を述べる。調整案では、「障害及びその特性に応じたコミュニケーション手段」について、不当な差別的取扱いの定義の範疇を超えているので認められないということであるが、この分野において、「障害を理由」に差別はしていないけれども、その人が用いる、その人が必要とするコミュニケーション手段で不当な取り扱いをしても差別に当たらないのかという疑問が出てくる。これは本来差別の定義に関連する議論で、関連差別や間接差別、ハラスメントも含めて差別とは何かについて、本当はしっかりと委員間で議論した上で各条文の意見についても話さないといけないかなと個人的には思って、第3回の推進会議で論点として提出させてもらった。しかし、条令の論点整理をせずに、いきなり各条文の文言案の検討になったので、かなり戸惑っているが、議論の進め方の考え方や意見についてはここでは割愛する。 結論から言うと、 情報の取得及び利用並びに意思疎通の分野において、障害者がどういうコミュニケーション手段を利用して意思疎通をし、情報を取得するかというのは、その人の障害と一体不可分だと思う。そのため、私の案でないと、点字や手話の利用は認めないけれども障がいを理由に差別はしていないということがあたかも認められる恐れがある。 例えば、私がかつて、福岡市の職員採用試験を申し込んだ時に、「活字を肉眼で見ること」が要件になっていたことがあった。今もあるかもしれないが、こういったことが本来は差別にならないのかと思う。形式的には「障がいを理由」にはしていないが、「肉眼で活字が見える人」しか募集対象にならないというのは、コミュニケーション手段による明かな差別であり、実質的には「障害を理由とした」差別だと思う。そのため、このような情報の取得や利用、意思疎通の分野の差別を禁止するためにも、「障害」に加えて「その障害特性に応じたコミュニケーション手段」を明記することが必須である。 またそれとは別に、アの「情報について他の人の権利利益を侵害する恐れがある時」や、イで「意思疎通に支障がある時」と、客観的・合理的な理由の前にこういう例示が載せられている。これは必要なのかなと思う。これは障がいのある人が差別、社会的障壁によって差別を受けている状況に、さらにその権利を狭めるような例示は必要ないのかと思う。逐条解説では、例示として挙げているという説明だが、「恐れがある」という抽象的な言い方や、支障とは何をもって支障なのかといったことも含めて、個別のケースでいろんな事情があるということは「客観的に合理的な理由があるときを除き」に含まれると思う。具体的根拠も無く、権利行使を広く狭めるような抽象的な例示は、さらにその人の情報の取得・利用および円滑な意思疎通をかえって阻む文言でないかと考えて、これも削除をお願いしたいと思う。 逐条解説の中では、窓口で混雑しているので情報提供を断ったり、本人を見ずに支援者とだけコミュニケーションを取る事例が挙げられているが、内閣府の「基本方針案」のようにそもそも障害のある人がどういう情報コミュニケーション手段を使ってコミュニケーションをしているのかの具体的事例、それに対して条件を付したり拒否したりすることは不当な差別的な取扱いである事例を挙げてほしい。 例えば行政側や事業者が初めて知る障害特性に応じたコミュニケーション手段に出会って問題が出てきたという時には、そこはやはり建設的な対話ということが必要になってくると思う。 そのため、その前段階であらかじめ逃げ道としてこういうふうな文言を付けておくことは不要であると思う。その人の権利行使と情報をどのように利活用していくかということは障害特性と一体不可分であると考える。 ※この項目について引き続き協議することとなった。 5 意思表示が明確でない障がい者への合理的配慮の提供について(第7回会議協議事項6) 事務局より項目の趣旨について説明の後、各委員で協議を行った。 委員:委員案のところで書いていた「認識し得る場合」と、調整案のところで書いてある「明白な場合」というのは違うのか。明白である場合は、多分内閣府の基本方針には明白である場合という文言が使われていたので、内閣府の文言に沿って書かれたのかなとは思うが、「明白」と「認識し得る」場合とは具体的にどう違うのかなというのが正直分からない。 前回の調整案は第8条第2項について「建設的対話を働きかけ、合理的配慮に努めなければならない」と。第8条は合理的配慮の提供であり、現在の第8条第2項も最終的には「合理的配慮をするように努めなければならない」と条文を構成しているので、仮にここに調整案に書いてあるような文言にしても、最終的には「建設的対話を働きかけ、合理的配慮をするように努めなければならない」と、この第8条にある合理的配慮の提供という言葉が出てこないというのは、そこに条文を置いている趣旨がぼやけるのかなと思った。 委員:ご本人の意思表示がない場合に、客観的に認識し得る場合というのは大きなテーマで、いくつか事例も挙がっていたが、条例をつくる会現なくす会の典型的な例では、福岡市の地下鉄で以前、事故などにより地下鉄が緊急停止して乗客が混乱したというのがあったが、そういった場面で聴覚障がいの方々が何が起こったか分からずに呆然として、人にぶつかったことなどがあり、そういったことがあったなら是非教えてほしかったという事例があった。 まさに、本人は状況が分からないので意思表示ができないが、そのままみんな傍観していいのかと。聴覚障がいがあるかどうかは分からないということもあるが、聴覚障がいということが明らかに認識できる場合に、とにかくこういったサインがある場合とか、そういったことも含めてこの条文は是非入れていただきたいと思う。 提案した条文の修正だが、建設的対話の趣旨に私も同調する。ただし調整案の下から3行目から「建設的対話を働きかけ」の後に「合理的配慮の提供に努めなければならない」という文言を差し込むように要望する。それが入れば、この調整案で自分は賛成する。 委員:この第8条第2項の調整案で、第1項と第2項のバランスというか、第2項は建設的対話を働きかけるようにというのがあって、第1項の文にはない。第1項も合理的配慮の提供についてのことだが、合理的配慮を求められた場合は合理的配慮をしなければならない。ただ、第2項で、意思表明がない場合であっても、必要とすることが明白な時は建設的対話を働きかけるようにしなければならないとなっている。第1項は合理的配慮、第2項は建設的対話という、条文の整合性が少し必要と感じた。 あと、「明白」と「認識しうる」という違いについて、印象としては、「明白」は大多数の方がそのことを認識するというニュアンスがあるかなという感じを受けたので、そういうニュアンスで条文を整理されるとよろしいのかなと思う。 ※この項目について引き続き協議することとなった。 U 意見シートにより提出された意見 1 第6条第3号について 事務局より項目の趣旨について説明の後、各委員で協議を行った。 委員:急いで意見を呈したところもあって、文言的にもあまりよろしくないなと思っており、皆さんからのご意見を頂きたい。 趣旨としては、国の障害者差別解消法が2016年に施行され、今回の法改正の際に事業者の合理的配慮も法的義務になるという目途が立った。翻って福岡市の障がい者差別解消条例の理念において、「合理的配慮の提供が促進されること」ということだけでは弱く、時間の経過とともに立法事実が集積されつつある現在において、もう少し進んだ表現があっていいのではないかと思う。合理的配慮がより促進されることと、それにより環境整備が進み、そもそも社会的障壁を生まないことを考えていけるような社会であることという意味を込めて改正案を提出した。 私の改正案の文言の意味において、事務局からの指摘についてはそのとおりかなと思う。この「合理的配慮」というのは特定の人に対して個別具体的に対応する意味であって、ここでの「環境整備」というのは不特定多数に対して事前の対応の意味である。内閣府の「基本方針案」でもそのことについては事務局の説明のとおり書いてあるが、実はその後の説明に「合理的配慮」と「環境の整備」は「車の両輪」であることが書かれてある。合理的配慮の中から環境の整備につなげていくことで、事前の紛争防止や長期的に見て社会経済的なコスト面で多くの障がいのある人に資するという面も、非常に大事な点であるということがその後に協調して書かれている。 そういう意味で、「合理的配慮」と「環境整備」の促進が進んだ先には、より社会的障壁が少ない社会になっており、そこでは生き生きと障がいのある人が社会に参画できる社会になっている、これは福岡市障害者差別解消条例の前文に書かれてあるような社会にするために、ここの表現はもう少し3年前の表現よりも進んだものになればということで書かせていただいた。文言的には私もあまり良くないなと思うので、何か良いご意見などあったら、ぜひ皆さんから頂いて、合理的配慮がただ促進されるということじゃなくて、一歩踏み込んだ形で提示されていいのではないかと思う。 なくす会からの主張にもあるように、市民の7割以上の人がこの条例について知らない。さらに先日、内閣府の調査でも、差別解消法自体7割以上の方が知らない。そして差別が改善したと思うか、差別があるかということに対しては、8割以上の人が「差別がある」と回答しており、差別が改善したかということに対しては半数以上の人が「差別は解消してない」と書いている現状がある。したがって、これまでの啓発だけではなくて、条例を通じてより市民に訴えるという意味でも、この理念のところでもう少し踏み込んだ文言が必要だと思う。そういった意味では、「合理的配慮」と「環境整備」の関係性について、内閣府の「基本方針案」でも1つ項を入れて説明があったので、それを踏まえて書いた次第である。 会長:今のお話を聞いていると、ここでより合理的配慮に踏み込んだ意見が委員から出れば、調整するということで進めていけるかと思うが、まずほかの委員で、今の説明を受けて何か踏み込んだ文言があれば、ご意見含めてお話しいただきたい。特になければ、この部分はたたき台のとおりで変更なしでいきたいと思うが、ご提案があれば。 ※委員から意見がなく、この項目については変更なしとなった。 2 第6条への新規追加について 事務局より、関係局照会中につき、次回会議に継続審議とする旨説明があった。 3 第8条第1項への追加について 事務局より項目の趣旨について説明の後、各委員で協議を行った。 事務局:逐条解説にご意見の趣旨を踏まえた記載をすることなどは可能かなと考えている 委員:私も条文の中に入れるというのは全体のバランスを考えても難しいのかなと思っており、逐条解説に入れていただければと考えている。 発達障がいや知的障がいのある方が、自分の気持ちや願いを正確に伝えられなくて安易に諦めなきゃいけないことも多く、福祉関係者などは代弁者となって積極的に意思決定支援を行っていただきたいので、そういう点で、意思決定支援という言葉は入れていただきたいと思っている。 委員:委員がこの条文を入れられたお気持ちはすごく切実だなと思って、事務局の立場として、なくす会の皆さん方がいろいろな思いをされているという部分も頂いているが、一方では、条例としてバランスを取らせていただきながら、調整を事務局でさせていただいている。そういった思いを受けとめて、少し丁寧に逐条解説あたりで言えるような形で努力をさせていただきたいと思う。 ※この項目については変更なしとなった。 4 第9条第1項への規定の追加について 事務局より項目の趣旨について説明の後、各委員で協議を行った。 委員:事務局の説明だと、第13条に「財政的な措置について」とあるので、事業者への財政支援もこの条文を根拠に行えるということで大丈夫だということである。だが、第13条については非常に抽象的にも書かれているので、なかなかここから事業者に対して必要な支援ということを読み取るのは難しいのかなと思って、第9条に「情報提供ならびに必要な支援」という文言を追加させていただいた。 以前の推進会議で委員が明石市の事例を取り上げられ、中小企業に対してはきめ細かい支援がなされていることが紹介された。そして事業者の合理的配慮が法的義務になる目途が立ったという段階で、今後そういう施策が必要ではないかという委員からのご意見があったと思う。そこで、それに合わせて、第9条にあるとより施策を行う上でもいいかと思った。 ただ、第13条、でそういった財政的な支援をこの条文でできるというところで、実際そういった実績があるという理解をしてよろしいのか。この第13条というすごく広い、全てにかかるような形なので、そういった事業者に対する細かいような支援も入るといえば入るのかもしれないが、やはりこういった文言があったほうが、行政が施策を進める上でもやりやすいのかなと個人的に思う。もし第13条の中で十分実績においてそういった支援の用意がある、準備があるということであれば、問題ないかと思う。 委員:最初に、第9条に「必要な支援を」という文言の加筆には賛成する。趣旨は今、委員が言われたとおりである。 次に私が「教育」と書いたのは、前回もお話ししたように差別をなくしていくための必要な手当ての大きな部分として、差別がある時に対処じゃなくて、差別が生まれる背景をいかに未然に改善あるいは防いでいくのか。そのために障がいの方々との交流、プラス差別をなくす啓発、教育である。大人になってからじゃなくて、子どもの時代から一番可塑性の高い好奇心があって、いろんな情報をまっすぐに受けとめやすい教育過程の時から、そういったことをしっかり啓発の以前に教育されていくこと。それが社会になってからのさまざまな人々とのコミュニケーション、あるいは接する態度の基礎になる。 特にその中にマイノリティーの方々、直接接することが少ないマイノリティーの障がいのある方々に対する接し方について、社会全体にそういった教育がなされることが差別をなくすための風土づくり、一番大きな部分、糧になるというふうに考えている。そういうことで、いかに啓発プラス教育というと、障がいをなくすこと、あるいは障がいの方々との共生・社会復帰という観点からの教育が必要だということで、ここに教育を規定している。 この教育という意味は、言葉自体が教育課程における教育というものを規定している。加えて市民センターなどで行っている社会教育と生涯学習という、障がいにおける社会教育という観点も出てくるが、主な点では教育課程における教育ということである。事業者に対する教育は言われると「教育課程における教育」という文言に変えてもらってもかまわない。あるいは逐条解説で社会教育・生涯教育という観点もあるということで加筆してもらってもかまわない。 いずれにせよ、趣旨は、差別をなくす風土づくりの教育の必要性を入れていただきたいと思う。これが当会で取ったアンケート、さまざまな市民間の差別を含めた差別をなくすスタートになると思っている。 委員の「又、地域や家庭、学校等において、子どもの頃から障がい児・者と交流を深め、障がいの有無にかかわらず共に助け合い、学びあう心をはぐくむ場を提供するものとする。」という文言が入れば、自分の提案はなくていい。それが難しかったら、この教育という言葉を使っていただきたいと思っている。もしいずれも駄目だということであれば、話を翻して恐縮だが、基本理念に最初の文言に、最初の時に書き出しで迷ったが、第6条第4号にこの文言が入ることが望ましいと思っている。 議論が錯綜するが、他の委員の条文に賛成する。委員の意見が難しかった場合には、ぜひ教育という言葉を盛り込んでいただきたいと思っている。 あとは基本理念やこの条文に、具体的な文言を規定するのはふさわしくないということを事務局から伺っているが、解消法と違って条例であるため、市民の方々により具体的に分かりやすい文言を使うことは、理念規定であろうと条文であろうと、私としてはあまりこだわらなくていいかなと思っている。 委員:ここで提案させていただいたのは、すごく反省の気持ちを込めて、この文章を追加させていただいた。事業所の代表でもあるが、地域の中で人権学習とか啓発にもかかわっており、さっき委員がおっしゃったように、子どもたちが学校とかできちっと学んできても、私たち地域とか保護者がそういうことを勉強する機会が少ないため、子どもたちがせっかく学んできたものを伸ばせてないのではないかというふうにいつも思っている。それでもし良ければ、その文章を入れていただけたらと思って、反省の意を込めて提案させていただいた。 委員:私も委員の意見には大賛成である。小さな子どもの時から、それからわれわれ高齢者になっても、障がい者の人たち、私も障がい者という言葉自体も使いたくないが、体が少し不自由になる、高齢者になると皆さんも障がい者とは言わないが、体の一部分がだんだん不自由さを感じるので障がいを体験することになってくる。これは地域の中で子どもたちも含め社会に住んでいるわれわれみんなが、触れ合う機会を作る。それは自治協議会やいろんなところの団体関係への活動が生かされていくような社会づくりが大事かなと思う。 やはり触れ合ってみて初めて、不自由さを感じている人たちの気持ちは分かるのではないかなと思う。体験もしなくて自分の想像だけで「大変だろうな」「大変だね」「かわいそうやね」という気持ちが育たないためには、やっぱり皆さんと一緒に触れ合い、「なんだ自分たちと一緒じゃないか」という気持ちを尊重していけるような条例をつくるほうが大事かなと思う。委員の提案は大賛成である。 事務局:まず冒頭でも申し上げたように、既に第10条の「交流の推進」で、「市は障がい者と障がい者でない者の交流の推進に必要な施策を実施するものとする」という規定があるので、そことの関係上どうかということで、論点の整理をしている。 教育については、学習指導要領の道徳や総合的な学習の時間などの規定に基づき、各学校において実施している。 ここは啓発活動という条文であり、例えば児童向けリーフレットの配付などを福岡市で行っており、教育の場面での活用を依頼して各学校に働きかけを行っている。実際の活用等については、各学校の実情によって活用されているところであり、強制は難しい。そういった意味で、教育という文言をここに入れることは、啓発活動という条文であるということに加えて、学習指導要領に基づき実施しているところであるため、規定を追加するのは難しい。 だからと何もしないということを申し上げている訳ではなく、推進会議の意見を聞きながら学校と連携した取り組みを啓発活動として行っていきたいと考えている。 先ほどの交流や教育については第10条に交流という条文があり、逐条解説にご意見の趣旨を踏まえた記載をするというのは可能かと考えている。あと、必要な支援についてご意見を頂いたところだが、財政上の措置というのは確かに包括的な規定ではあるが、これはどういった措置を講じるかというのはさまざまな状況や施策の効果等を勘案して、予算の範囲内で財政上の措置を講じるという内容となっている。 例えば逐条解説では、「『必要な財政上の措置』については、推進会議で様々な立場の委員から意見を聞きながら検討を行うことを予定しています」とあり、どういった施策を展開するかという意見を聞きながら進めていく。児童向けリーフレットなどは必要な予算を使って各学校などに配付して活用してもらっており、啓発動画も推進会議をはじめ障がい当事者の皆さんの意見を聞きながら進めているところであり、そういった趣旨で第13条の財政上の措置という規定があると理解をしている。 委員:障がい者権利委員会からの「インクルーシブ教育」についての勧告にもあるように、子どもの時からの学びというのは非常に大事だと思う。委員が言われたように地域の方たちも一緒に学んでいく必要があるといった時に、確か地域には生涯学習を推進するような課があったりするので、そういうことも踏まえて、教育という言葉は使わなくても何かそういった学びといった、障がい理解の学習についてということを、文言あるいは逐条解説に取り入れることは考えてもいいのかなと思う。 それから「必要な支援」については、推進会議の中で中小企業に対して施策が必要であると議論されれば、第13条を根拠に財政支援ができるということになると理解した。以前の会議で中小企業家同友会や商工会議所の方に、実際にはほとんどこの条例が周知されていない現状や、合理的配慮で何をしたらいいのか、どういうことが必要なのかも分からないという実態があった。そのため、事務局の説明により、今後推進会議の中でそれが議論をされて、必要であれば第13条を根拠に施策を進めていけるというふうに理解したので了解した。 委員:障がい者の差別をなくし共生社会の実現を図るためには、教育あるいは大人に対しての社会教育というのは重視する立場なので、逐条解説でもいいじゃないかというように落としどころはよく分かるが、やはり第9条、第10条に何らかの形でそういった趣旨が盛り込めないか、もう一度事務局で検討いただきたい。 委員:今回のお話は第9条、第10条両方にどう整理するかという部分もあるが、委員の「地域や家庭、学校等において(以下略)」という文言をそのままどちらかに入るというのは、ほかのバランスを含めると結構厳しいものがあって、思いはすごく理解しているつもりではあるが、表現としてはかなり汎用性の高い方法でできないかという、検討の方向になると思う。 委員:委員がここに書いてあるような、文言の優しいことだから言っているのかもしれないが、人に伝えるためには分かりやすい言葉のほうがいいのではないかと私は個人的には考える。 教育という言葉自体はあまり好ましくないような印象を受けた。私としては、保育所に通算30年ぐらい勤めていたので、育てることの大切さ、小さい時から、それから小学校など、とにかく小さい時から育てる。教えるのではなくて、子どもたちの中にあるものを引き出すというのが教育の根本じゃないかと考えている。この障がい者問題についても、家庭でも育つ、社会でも育つ、みんなで育ち合いながら暮らしやすい社会をつくっていくのが一番大事じゃないかと思う。学校で国語・算数・社会・理科、それだけが教育じゃないので、やっぱり教え込むのではなく、子どもたちが持っている、私たち人間が持っている本当の姿を引き出してくれる、そういう条例をつくるって大事じゃないかなと思う。 教育は云々というよりも、やっぱりそこで教育はすごく大事だということを、役所の方たちも隅っこにしっかり置いてもらいたいと考える。 ※この項目について引き続き協議することとなった。 5 第11条への規定の追加について 事務局より項目の趣旨について説明の後、各委員で協議を行った。 委員:市の基幹センターとしては、区の基幹センターのコーディネーターの人材育成という役割を担っている。 区の基幹センターでは多くの相談が寄せられる中で、差別を受けたなど、具体的なことを言われればコーディネーターとして動きやすいと思うが、どちらかというと、こういった困り感がある、こういったことで困っているということで、課題解決に向けた支援を行っているところがあるかと思う。 また、さらにその結果、差別を受けたという事例に対して解決につながっていないということであれば、それは非常にあってはならないことだと思っている。差別を受けている、差別の相談内容はコーディネーターの気付きが必要なのかなと感じているところであるので、そういった意味ではどういった内容の研修を行って今のことがあるかと思うが、障がい者110番にご協力いただきながら内容を検討して、区の基幹センターのコーディネーターの方に計画的に研修を実施していきたいと考えている。 委員:私は福祉の相談の専門ではないが、医療の臨床家でもあるので医療的な側面から一般論として意見を言うと、相談すると言った時に、困っている、助けてくれとストレートに言うことは、非常に本来は難しいことだと思う。やはり相談を受ける側が、相談者が話をした内容から、実際にはどういう問題があったのだろうと、先ほど言われた気付く力、あるいはその本当の悩みは何なのか、本当の問題は何なのかをアセスメントしていく力というのは非常に必要になる。そのため、これは簡単に、何回か研修したから培える力ということではない。 また差別になるとどうしても法的な知識だとか専門的な知識、あるいは非常にシリアスなケースも多いこともあって、そのためには相談員の養成は相当なプログラムが準備されないと、絵に描いた餅になるのではないかというふうに思う。 医療の場合でも2000年からOSCE(オスキー)といった形で、いろんな医療コミュニケーションに対するプログラムを根本的に大きく変えている。そのためコミュニケーションといった相談、しかも個人情報を多く含むような、権利侵害が絡むような相談を受けるということには相当な修練が必要なのかなと思う。そのため、相談制度の中でもそういった中に人権や法的な問題といったことを総合的にプログラムとして考える必要があるかと思う。 事務局:委員の意見の中で、「条例の条文に明記してないと、時間の経過や職員の異動、交代などで研修がおざなりになることも生じかねない」というような趣旨があり、明記して義務付ける必要というようなご意見を頂いていたかと思う。条文にはなかなか人材の育成という規定がなされているので、逐条解説できちんと研修を継続してやっていくことを記載していくことは可能かと考えている。 会長:今回、人材育成や権利擁護の視点が盛り込まれており、その辺りも踏まえると、意見が出ないということであれば変更なしということでよろしいか。ご提案くださった委員、よろしいでしょうか。 ※この項目については変更なしとなった。 6 第17条への規定の追加について 事務局より項目の趣旨について説明の後、各委員で協議を行った。 委員:第17条に国・福岡県を入れてくれと要望をした最も大きな理由としては、生活実態を考えれば、これは国だからどうの、県だからどうの、ほかの市町村だからどうのというのは、通常われわれの生活の中では考えられていない。別の国であっても県であっても、例えば北九州市であっても筑紫野市であっても、かかわりが必要であれば福岡市民はかかわってくるという生活の実態がある。前回の規定のように国・福岡県を入れる・入れないというのは、考えられない。 事業者の定義だが、これは第2条の第6号に「事業者」という定義がある。「市内で事業を行うものをいう」と、簡単に、市内で事業をやっている人を事業者といっているということである。そういう流れで考えれば、例えば国の陸運局とか県の事務所、それも当然同じ市内で事業を行っていると考えれば、全然、国・県を外す理由はないのではないかという思いである。 福岡県の障がい福祉課にお尋ねをした。県の条例の中では「行政機関等」という定義で一くくりにしてあり、その中には国の行政機関も入っているし、地方公共団体という表現で福岡県内の福岡市ももちろん、北九州市ももちろん、大牟田市ももちろん入っている。 県の担当の方にお尋ねしたところ、国・県を入れても全く問題ない。むしろ障害差別解消法や内閣府の基本方針の趣旨からいえば、そこに国・福岡県を入れないというのは考え方としてはどうなのかと。 これは県の障がい福祉課の担当の方のご意見だが、そういう意見があったので、私としてはここに国あるいは地方公共団体、福岡市、どういう表現にするか分からないが、ぜひ入れていただきたい。 委員:あまり詳しくは申し上げられないが、やはり障がい者110番の事例で警察がらみの案件や、あるいは国の出先機関の窓口の対応に関する事例も入っており、なくす会、旧つくる会では他都市の事例があがっている。 やはり条例でないとたらい回しになって、うやむやになって、県と国だからあとは対応できませんという感じがよくある。自分としては、条例でもそういった事案の対象としては入れてほしいという意味で、委員の理由と一緒である。 ただ、どういった理由で県・国が条例と法律、あるいは上位の自治体の条例の考えとか法的なことは分からないので、その辺の説明をお願いしたい。 委員:委員がおっしゃられた内容は、私も非常に賛同しているが、別の条例を制定する時にもやっぱり国の機関、例えば裁判所を対象にするというのは無理じゃないかと言われた経験があって、多分ここも同じような話になるのかなと思っている。 むしろ今、委員が言われたように、事業者に国あるいは地方公共団体が含まれるのか含まれないのかということに関して、適用除外をしないというところで、そこに関しては押していったほうがいいのかなと思っている。 今言われたように、いざこれを諮問しようと思って、行政機関が対象になるのではないかと言ったら、規定がないからということで、事業者に含まれるのではないかという話もややこしい話だが、その時点でしなければいけないという面倒くささはあるだろうと思うが、技術的にしにくいのかなと思っている。 委員:国、福岡県それぞれが規定を持っており、現実的な対応としてどうなのかと言われた時は、国、福岡県それぞれの規定に基づいてしっかりやってくださいという話になっていくと思う。 国・福岡県を福岡市でいろいろと調整ができるのかどうかと現実的なものも含めて、できないことを規定しても仕方がないため、そこは再度確認をさせていただきたいと思っている。 その他(資料1協議シート以外の案件含む) 委員: 資料1の6ページについて、今度、修正加筆してということだが、案としてまず第2条第9号の建設的対話の定義を入れた上で、たたき台の第8条第1項の「意思の表明があった場合」のあとに、「意思の表明がない場合であっても、社会的障壁の除去を必要としていることが明白である場合」とういうような規定を入れ込んで、「合理的配慮をしなければならない」という義務まで定めた上で、例えば第2項に「合理的配慮を提供するに当たっては、情報保障を行った上で当該障がい者の意向を十分に尊重した上で建設的対話を行う」や、今だと第2項が「努めなければならない」と最後がなっているので、こっちは「明白である場合は努力義務になる」みたいなのがあるので、そういう分け方をしたらどうかと思った。 委員:今、この条例を改正するように話をされていると思うが、条例が改正されたあと、その後はずっと同じ条例になるのか。その後は、例えば3年ごとに見直しがあるなど、どのようになっているのか。 事務局:法改正が行われた場合や社会情勢が変わった場合など、必要に応じて条例の改正を行うことになるが、3年たったら条例を見直すといった規定をする予定では今のところない。 委員:私の意見書13ページ以降に、改正案としては出していないが、第3回推進会議の時から提案している論点を示している。条例の対象範囲が障がい者だけなのか、あるいはその家族なのかどうなのかという論点と、今日も少し触れた差別の定義について、障害者権利条約では「あらゆる差別」と定義しているが、こういった中身について障害者政策委員会において、こういったことが議事録に載っていたということで、紹介している。今日も出てきたような私人間でのいろいろなハラスメントやいろんな問題、それから知的障がいのお子さんを持つ野澤委員のような、何とも言えないあいまいだけど、非常にそういうことでダメージを受けているという切実な苦しさ、そういったものが意見で述べられている。 こういったことを少し皆さんにもう1回シェアしていただいて、文言をいじって条例をつくって終わりではなくて、そもそも条例は何のためにつくるのかという原点に立ち戻って考えてほしい。条令の目的は、差別をなくして、障がいのある人もない人も共生するまちづくりであるので、少しでもより良い条例にしていきたいと思う。 意見交換 委員:令和4年度に8回にわたってご議論いただいた。事務局としても何とかまとめたいということで、この1年努力を重ねてきたところで、おかげさまで少しずつ進んでいるのかなと思っている。一方で、まだまだ調整が必要なところもかなり残っている。時期的にそろそろ取りまとめる方向でということが必要になってくる。 そこで、今後、事前配布の事務局案に対してどういうふうに修正加筆をしたらまとまっていけるのかといった方向のご検討をお願いできればと思っている。 本日、委員がそのような形でご意見をくださったことで、まとまる方向でなったということもある。ずっと平行線でこのまままいるわけにもいかないので、ある程度のところでできるだけ総意という形でまとめる方向になればと思っている。たたき台をこのような形なら納得するというか、いいのではないかというようなところで、論点をさらに絞らせていただければと思っている。