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更新日: 2018年8月7日

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【午砲場跡】

正午の時報“ドン”

午砲場跡に立つ石碑の画像

午砲場跡に立つ石碑


 明治21年、福岡に号砲会社が設立され、その年の7月22日正午から大砲を“ドン”と鳴らし、正午を知らせるようになりました。

 当時の福岡・博多の習慣として、寄り合いや会議などは遅れて始まるのが普通だったようです。号砲会社は、このようなルーズな時間観念を憂いた江藤正澄、古賀勇夫らが設立した会社です。鉄砲店の西村庄平が大阪で100円で購入した大砲を洲崎のお台場(砲台)跡に据え、正午に大砲を打ち鳴らして時刻を知らせました。しかし、近所から「音がやかましい」との苦情が出たため西公園の山の上に場所を移しました。そこでもまた苦情が出たため、西公園の山のふもとにあるお台場(砲台)跡に移動。ところが、今度は「“ドン”が聞こえん」との苦情が出たようです。

 この会社は福岡市の補助金と市民の寄付金で運営されていましたが、赤字続きで経営困難となり、明治23年1月15日で“ドン”は中止になりました。さんざん文句を言っていた市民も“ドン”がなくなると寂しいという声が挙がり、市は正午の“ドン”は市民に対する広報であるとして、明治25年からは市が鳴らし続けました。



“ドン”に使用された大砲の画像

“ドン”に使用された大砲



 この“ドン”は「ドンガラガンの歌」が流行するほど市民から親しまれました。歌詞は「今鳴るドンガラガンは どこから 聞こゆ ドンガラガン 西のお山の 山の上 エーソージャ ソジャナイカ ドンガラガン あっち向いちゃ ドンガラガン こっち向いちゃ ドンガラガン」。
 昭和6年(1931年)、市庁舎屋上にサイレンが設置され、“ドン”はサイレンにバトンタッチすることになりました。

 現在、西公園の山のふもと、港三丁目の住吉神社境内に午砲場跡の石碑が建っています。また、“ドン”に使用された大砲は福岡市博物館(早良区百道浜三丁目)に保管されています。