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更新日: 2018年8月15日

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【鴻臚館跡展示館】

古代の迎賓館として重要な役割を担った鴻臚館

鴻臚館跡展示館の外観の画像 

鴻臚館跡展示館の外観


 鴻臚館(こうろかん)は、古代に外国からの来客を滞在させ、接待する迎賓館として、京都の平安京、大坂の難波、福岡の3か所に設けられた施設です。現在、その場所が特定されているのは福岡の鴻臚館だけです。

 福岡の鴻臚館の前身は、日本書紀の中に書かれた筑紫館(つくしのむろつみ)と考えられています。その時代を含め鴻臚館は、7世紀後半から11世紀前半までの約400年間、大陸との対外交渉の窓口として、また、文化交流の窓口として重要な役割を担っていました。

 博多湾のほぼ中央に位置しており、交通の便が良く、人の出入りが監視しやすいという地形的な長所があることも、当時の想定図から伺えます。ちなみに、鴻臚館は博多部にあったと長い間考えられてきましたが、城内にあったと特定したのは中山平次郎博士でした。


遺構の画像 

遺構を公開


 昭和62年12月29日、平和台野球場外野席の改修工事に伴う発掘調査で鴻臚館の関連遺構が発見されました。中国産の陶磁器や朝鮮半島産の陶器、さらには西アジア系のイスラム陶器やペルシャ系のガラス容器など、国際色豊かな遺物が多数出土しています。

 鴻臚館跡展示館では出土品の展示のほか、発掘された遺跡の上に覆屋を建て、礎石などの遺構を発見時のままの姿で公開しています。

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