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更新日: 2018年8月9日

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【原田種夫文学碑】


春吉が生んだ文学者


原田種夫文学碑の画像

原田種夫文学碑

「人間」

ひとを にくむなかれ
にくむこころは はりねずみ
サボテンのとげのいたさである
ゆるしてやれ いたわってやれ
ひとのにくたいの一部には
どうしても消えぬ臭い所がある
それがにんげんが神でない印だ
ゆるしてやれ いたわってやれ

平成元年七月書八十八翁

 那珂川に架かる西大橋の中洲側たもとに建てられている詩碑には、原田種夫の「人間」と題された詩が刻まれています。この詩碑は、平成9年3月4日に原田種夫文学碑実行委員会によって除幕されました。

 原田種夫は明治34年(1901年)3月16日、福岡市春吉4番丁(現・中央区春吉)に生まれました。詩人を志し、和服の着流しに雪駄履きの姿がよく似合い、米寿になっても現役の文士で通しました。自宅を「橘香亭」(春吉小学校の南側)と名付け、平成5年まで残っていました。

 原田種夫の遺した仕事のなかで最も高い評価を得ているのは、福岡市を中心とする西日本一円におよぶ文学の歴史をまとめたことです。

 詩、短歌、俳句、小説など幅広く取り上げています。また、郷土玩具のコレクターでもあり、さらに映画関係にも詳しい人でありました。郷土玩具雑誌や映画雑誌も刊行しています。

 原田種夫が愛した当時の福岡を思い起こしながら、彼の文学に親しんでみてはいかがでしょうか。