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更新日: 2019年3月1日

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【福岡市赤煉瓦文化館と五足の靴文学碑】

福岡市赤煉瓦文化館


赤煉瓦文化館の写真

赤煉瓦文化館の外観


 赤煉瓦文化館は、東京駅や日本銀行などを設計した辰野金吾工学博士が日本生命保険株式会社九州支店の社屋として設計しました。唐津出身の辰野金吾は、明治の日本建築界の指導者でした。

 建物は明治42年2月に竣工。立地する角地に合わせて、凹凸に曲線を交えた複雑な平面を持っていて、中央部には青銅のドームを載せています。小塔や屋根窓を多彩に配した屋根と、赤煉瓦に白い花崗岩の帯を装飾的に使った外壁は、華やかに街角を飾っています。このスタイルは19世紀末にイギリスで流行した「クイーンアン様式」の応用で、建物はその特徴をよく表しています。内装の照明器具や階段の装飾などには、19世紀末にヨーロッパで花開いた装飾美術「アール・ヌーヴォー」の影響がうかがえます。

 昭和44年3月には国の重要文化財に指定されました。それを機に福岡市が買収し、昭和47年11月から歴史資料館として活用を図りました。その後、市民に開かれた歴史遺産として保存活用を図ることになり、平成6年2月に「福岡市赤煉瓦文化館」として開館しました。


五足の靴文学碑

五足の靴文学碑の写真

川丈旅館前に建つ五足の靴文学碑


 赤煉瓦文化館の前を流れる那珂川を渡ると中洲ですが、明治40年7月から約1ヶ月間、機関誌「明星」の5人の歌人・詩人(与謝野鉄幹、北原白秋、吉井勇、木下杢太郎、平野万里)が九州西部を中心に旅して、リレー方式で、紀行文「五足の靴」を東京の新聞に連載しました。

 この5人が九州での1日目の夜を中洲の川丈旅館で過ごしています。これを記念して、旅館の前に文学碑が建てられました。天神から中洲までウオーキングをかねて文学散歩してみませんか。


福岡市赤煉瓦文化館の紹介ページ