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LastUpDate: April 3, 2014
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博多小知识 86

跨越时代复活的博多千年门

跨越时代复活的博多千年门 图片

由圣一国师开山创建的承天寺是博多的代表性节日“博多祇园山笠”的发祥地,与博多织品也有着深厚的因缘。相传山笠起源于圣一国师为驱除瘟疫,坐“施饿鬼轿”泼洒祈祷水。并且,据说博多织品的传统图案是根据圣一国师提议的佛教用具而设计的。


承天寺距博多站较近,并设有宏伟壮观的山门和佛堂、美丽多姿的沙石庭园。因此,现在已成为巡游博多的景点之一。然而,令人遗憾的是,1963年随着博多站的迁移,进行区划整理时,寺院被一条路分割为二。此街区具有历史和文化上的价值,为了使其更具魅力,福冈市决定建造“博多千年门”。此门作为博多的神社寺院区的迎宾大门,将于今年春天竣工并亮相。


博多千年门与周围的景观协调,高度和宽度约为8米,门楼设有木制人字形瓦屋顶,用日本扁柏制成,壮观堂皇,气派非凡。江户时代,此处附近设有称为“辻堂口门”的大门,是博多重要的出入口。为了留下历史名称,除了“博多千年门”以外,还有“辻堂口门”这一名称。


博多千年门上悬挂的匾额是圣一国师曾修行的中国禅寺“万寿寺”的戒兴住持书写的。圣一国师回国后,万寿寺遭受了火灾,据说他从博多送去了重建用的木材。此次,经过了700多年的岁月,万寿寺的住持挥毫赠字还礼。匾额上写着:“万年正续”,据说有“祝愿千年万年长久繁荣”的意思。



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時を越えてよみがえる博多千年門(はかたせんねんのもん)

 聖一国師が開山した承天寺は、博多を代表する祭り「博多祇園山笠」の発祥地であり、博多織ともゆかりの深いお寺です。聖一国師が疫病退散のために、施餓鬼(せがき)棚に乗って祈祷水を振りまいたことが山笠の起源とされ、また博多織の伝統的な柄は聖一国師が提案した仏具がもとになっているといわれます。

 承天寺は博多駅にも近く、見事な山門や仏殿、美しい石庭があるため、今では博多めぐりのスポットのひとつになっています。ただ、残念なことに昭和38年に博多駅移転にともなう区画整理で、境内が一本の道路で分断されてしまいました。この歴史的にも文化的にも価値ある地域をさらに魅力あるものにしようと、建設されることになったのが「博多千年門」。博多の寺社町へのウエルカム・ゲートとして、この春完成してお披露目されます。

 周囲の景観と調和した博多千年門は、高さ・幅とも約8メートル、ヒノキを使った木造切妻本瓦葺きで実に堂々としたもの。江戸時代、この付近には実際に辻堂口門(つじのどうぐちもん)という門があり、博多の重要な出入り口とされていました。歴史的名称を残そうと、「博多千年門」に加えて「辻堂口門」という名前も持っています。

 博多千年門に掲げられた扁額は、聖一国師が修行した中国の禅寺「萬壽(まんじゅ)寺」の戒興(かいこう)住職が書いたもの。萬壽寺は聖一国師が帰国後に火災に遭い、博多から再建用に木材を送ったそうです。今回、700年以上の時を経て、そのお返しとして書が贈られることになりました。「萬年正續(まんねんしょうぞく)」と書かれ、「千年も万年も長きにわたり栄えるように」という意味があるそうです。