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LastUpDate: July 1, 2009
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博多小知识 12

真酷!山笠的号衣

真酷山笠的号衣画

每个看过博多祗園山笠的人我想都会有那么一个感想吧:“这个活动,真酷!”。平日穿着西服、扎着领带,满面疲惫的上班族们,一穿上山笠服装,马上像换了个人一样,变得酷起来。穿着兜裆布、扎着颜色和图案依职务不同而异的布手巾、脚穿胶皮底袜子、腰垂扛山笠用绳子的博多男儿们,最让他们显得威风凛凛的要数他们身上穿的号衣了。号衣有两种,一种是实际扛山笠时穿的“水号衣”。这是因为在扛山笠时会被泼上水而得名。“水号衣”的布料为白底印上根据各“流”(组)和街道名设计而成的图案。穿上后前面扎得结结实实,以便跌倒在地时也能抓着号衣翻身而起。另一种是“当值号衣”,又称“长号衣”。布料使用久留米碎白点花纹布。从6月1日起到山笠活动结束,这种当值号衣被当作礼服,可以穿着它出席一切红白喜事,即使出入豪华高级的酒店也不算失礼。这可以说是博多独特的一景吧。现在共有52种不同的水号衣和54种当值号衣。但是您知道吗?其实这号衣的历史并不算长。从江户时代的绘画作品等上可以看到当时的男人们上身赤裸,身上只穿兜裆布。号衣出现是在明治时代,当时整个社会处在模仿西洋的风气当中。人们希望禁止因为觉得光着上身到处走不好看,这个问题甚至被拿到了议会上讨论。到了明治31年(1898年),有关山笠又出现了一个新问题,那就是山笠的高度。直到那时,人们都是扛着装饰山笠比赛的。但是山笠太高,常碰上电线引起纠纷。于是博多人想出一个办法,即把山笠高度降低,区分肩扛山笠和装饰山笠,同时穿上号衣,不要光着上身。由此一切问题迎刃而解。山笠也跟随着时代的变迁而不断改进。您不认为它是一种极酷、同时在设计和服装上具有时代感的活动吗?


 广告科长 佐佐木 喜美代

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カッコ良い!山笠の法被

 博多祗園山笠を見たすべての人は「この祭り、カッコ良い!」と思うはずです。スーツ姿では疲れた雰囲気を醸し出すおじさんたちや若者が、あの山笠姿に変身するとがぜん、カッコ良く見えます。締め込み姿に役割によって色や柄が違う手ぬぐい、地下足袋、腰に下げたかき縄、その中でもひときわ男たちをカッコ良く見せているのが法被です。

 法被には2種類あり、実際に山をかくときに着ているのは「水法被」、勢い水を浴びることからこの名前が付きました。水法被は白地に流や町名の名前をデザイン化して染められており、前を固く結ぶことになっています。転んだときでも法被をつかんで起こしやすいから。もう一つは粋な「当番法被」、長法被とも呼ばれ、久留米絣にこれまたデザインがカッコ良いのです。6月1日から山笠終了までこの当番法被が正装となり、期間中は冠婚葬祭すべてこれでOK、ホテルのロビーでもこの格好なのですが、これがまた博多らしい風景となっています。

 現在、水法被は約52種類、当番法被は約54種類。実はこの法被の歴史は意外にも新しいのです。江戸時代の絵図などを見ていると締め込み姿で上半身は裸、これが明治時代になり西洋を見習えという風潮の中、半裸で走り回るのは見苦しいから中止せよと議会で問題になったとか。明治31年(1898)のこと、もう一つ問題になったのが、山笠の高さです。それまでは飾り山の高さをかいていたのですが、たびたび電線を切ってもめていたようです。これらの問題を博多っこたちは、山笠の高さを低くしてかき山と飾り山に分け、半裸が見苦しいなら法被を着ようということで、問題を乗り切りました。

 山笠も時代とともに変革してきたのです。それもカッコ良く、ファッション、デザインという手法を使って変革してきたと思いませんか?


  福岡市広報課長 佐々木 喜美代