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更新日: 2018年12月19日

グローバル コミュニティ FUKUOKA 報告書(基調講演1)

【基調講演1】
「グローバル人材育成・活用の現状と今後の展望」

グエン・タン・ナム氏
(FPT大学副会長・FPTコーポレーション顧問/ベトナム)


1.はじめに

 皆さま,こんにちは。FPT大学副会長のグエン・タン・ナムです。これから皆さまに「教育のグローバル化」「大学のグローバル化」そして「世界に通用する若い人材の育成方法」についてお話させていただきます。本日は,FPTジャパンのコイ社長にも同席をお願いしています。
 大学は現在多くの課題を抱えています。グローバル化やボーダーレスなど,あらゆることが変化し,学生の期待や学生の行動も変化しています。あらゆる物事がITによって急速に変化していく中,5年後に何が起こるかなど誰も分かりません。大学は,急速に変化していく世界に通用する人材をどのように育成していくのかという課題に直面しているのです。



2.FPTの設立

 まず,私自身のことについて少しお話させていただきます。ご覧いただいているのは,30年前のモスクワ国立大学の様子です。私は,ベトナムの政府選抜学生の一人として,モスクワ国立大学に留学しました。数学を専攻していた私は,1988年に博士号を取得しましたが,その時,あるひとつの決断を迫られました。当時,アメリカから禁輸措置を受けていたベトナムは非常に貧しく,政府には数学や科学分野を支援する余裕がありませんでした。そのため,ベトナムへの帰国を希望するのであれば,数学の学術研究を続けることはあきらめなければなりませんでした。留学生だった私にとって,これは非常に難しい決断でしたが,最終的には,ベトナムへ帰国する道を選びました。
 帰国後,私たちは,パーソナル・コンピューターの会社を立ち上げることにしました。それが「FPT」です。記憶にある方も多いかと思いますが,コンピューターは50年ほど前までは非常に大きく,その操作には広いスペースを必要としていました。1980年以降になってパーソナル・コンピューターが市場に出回るようになった時,私たちは,パーソナル・コンピューターこそが未来を制するに違いないと考えました。当時はまだ,ベトナムの国全体でも100台ほどのコンピューターしかないような時代でしたが,私たちにとっては胸の高鳴るような時代でした。
 当時,まだ経営や取引管理,財務,人事などの実務経験が無かった私たちは,オリベッティやIBM,シスコ,マイクロソフト,住友,東芝,ソニーといったFPTの国際的なビジネスパートナーから多くのことを学ばせてもらいました。この経験から,私たちは,学校で学ぶよりも人生から学ぶことの方がより重要であると考えています。



3.ベトナム最大手のIT企業へ

 FPTは昨年,ベトナムで最大手のIT企業になりました。FPTの2013年の売上高は13.6億USドル,従業員数は17,000人でしたが,現在では,売上高は16億ドル,従業員数は22,000人にまで増加しており,世界の19か国に進出しています。 
 現在,FPTでは,スマート・ワールド(あらゆるものが情報処理機能を有する世界)向けのサービスを提供しています。30年前,私たちはパーソナル・コンピューターが未来を制すると考えました。しかし,現在では,これからの未来を制するのはインテリジェンス・デバイスであると考えています。インテリジェンス・デバイスとは,一般的にはIoT(Internet of Things)と呼ばれていますが,私たちはそれをスマート・デバイス(情報処理機能を有する機器)と捉えています。今後は,ありとあらゆるものがスマートに(情報処理機能を持つように)なっていくと考えています。


4. FPT大学の設立

 FPTが企業として成長していく中,私たちは,求めている人材を確保できないという問題を抱えていました。
 ベトナムの大学は,100年前も現在も変わらず同じことを繰り返しており,大学の運営も教授の考え方も100年前から全く変わっていません。今やボーダーレスの時代です。テクノロジーの変化にあわせて大学も変わらなければなりません。大学は学生をグローバル化に適応できる人間として教育していく必要があります。これはベトナムだけの問題ではなく,シンガポール,マレーシア,オーストラリア,そして日本でも同じことが言えます。テクノロジーはすぐに時代遅れになるため,テクノロジーだけを教えていてもだめなのです。必要なのは「テクノロジーの変化に適応できる力」を学生に教えることです。
 大学を説得することはとても難しいことでした。そこで私たちは,既存の大学を説得し続けるのではなく,自分たちで新しい大学を作ろうと考えました。産業界による大学の設立は,とても画期的な出来事でした。教授の方々は,大学は産業界とは一線を画し,権威ある学術研究を続けるべきだと考えていらっしゃるかもしれません。しかし,私たちは,産業界と大学は共に歩むべきだと考えているのです。


5.  FPT大学が掲げる4つの目標

 FPT大学では4つの目標を掲げています。1つ目は、学生にグローバル・マインドを教えることです。2つ目は、自分が考えていることを相手に伝えるためのスキルを学生に教えることです。3つ目は、ITに完全に対応した環境を作り出し、あらゆるものをテクノロジーと関連させることです。そして、4つ目は、FPT大学を卒業すれば、世界中のどこででも働くことができるようにすることです。FPT大学の卒業生には、ベトナム国内にとどまらず、世界中で仕事をしてほしいと考えています。FPT大学の卒業生にはその能力があると信じています。


6. FPT大学のグローバリゼーション 

 世界中の大学を視察・訪問していく中で、私たちは、FPT大学が掲げる目標を達成するために取り組まなければならないことがあるという結論に至りました。まずは、学生を1つの大学にとどめず、大学から大学へと移動させることです。私たちはこれを、グローバル・モビリティ(世界規模の移動性)と呼んでいます。大学で働いている私たちも同じです。教授自身がグローバルに物事を考えられなければ、学生にグローバル・マインドを教えることはできません。まずは教授自身がグローバルな考え方を身に付ける必要があるのです。そのためには、世界の様々な場所に大学のキャンパスを置く必要があります。
 次に、学生と大学、そして企業がひとつになり、大学のカリキュラムを含めたあらゆることを共に作りあげることです。また、国際的なランク付けを受けるにふさわしい大学(qualify for international ranking)になることも必要です。自分たちの大学がどこを目指し、世界でどの位置にあるのかを、私たちは認識することが必要なのです。
 これらのことを実行するにあたり、私たちはまず、ミャンマーとラオス、そしてカンボジアにFPT大学のキャンパスを置きました。とても小さなキャンパスですが、規模は問題ではありません。重要なのは、海外にキャンパスを置くこと、それ自体なのです。なぜなら、そうすることで、教授をはじめ大学関係者全員が、グローバルな視点をもって大学運営に取り組まなければならなくなるからです。  


7. QSランキング 

 FPT大学は,QSと呼ばれている世界の大学ランキングに参加しています。QS(クアクアレリ・シモンズ社)は,イギリスにある大学評価機関で,大学を「雇用可能性」や『教育』「研究」「施設・設備」「国際性」など,様々な評価指標により格付け評価しています。最高評価は5つ星です。2012年11月,FPT大学はQSから3つ星評価を受け,世界の800大学の仲間入りを果たしました。


8.研修プログラム 

 産業界と大学は共に歩むことが必要です。FPT大学の研修プログラムでは、まずコンピューターの基本操作を学び、OJT(実地研修)期間を経て、高度工学の研修期間に入ります。その後、FPT大学では、研修プログラムにFPTソフトウェア社からエンジニアの方に参加してもらい、プログラミングの方法など、実際の経験に基づいたメンタリングによる学生の指導・育成を行っています。また、日々変化するテクノロジーに対応するため、常にカリキュラムを改訂していく必要があることから、FPTソフトウェア社のエンジニアには、FPT大学のカリキュラム改訂にも参加してもらっています。
 アメリカのエドワード・スノーデン(Edward Snowden)事件のような事例も踏まえ、私たちは、学生にIT産業従事者が守るべき倫理についても教えています。IT企業で働く従業員には強大な権力があります。あらゆる情報にアクセスすることができ、人を騙そうと思えば難なく騙すことができます。FPTの事業規模は拡大しており、倫理について学生に教えることはとても重要なことです。


9.FPTの日本進出

 海外進出先の一つとしてFPTが日本を選んだ理由は,ベトナムと日本の両政府間の関係が非常に良好だったからという,とてもシンプルなものです。日本の文化とベトナムの文化には多くの類似点があって考え方や行動様式に多くの共通点があるため,力を合わせることは容易であると,本日のイベントコーディネーターである一橋大学の太田浩教授もおっしゃっています。それではここで,私の友人であり同僚でもある,FPTジャパンのコイ社長をお呼びしたいと思います。


10.FPTジャパン

(チャン・スアン・コイ氏)
 皆さま,こんにちは。FPTジャパンのチャン・スアン・コイです。
 1999年に創設されたFPTソフトウェア社は,日本をはじめ欧州,アメリカ,そして東南アジアなど,世界11か国に進出しており,その収益の50%は日本から得ています。現在では,IBM,マイクロソフト,アマゾンといったITベンダーなど,多くの企業と提携している世界的な企業へと成長しました。先ほど私を紹介していただいたグエン・タン・ナム氏は,FPTソフトウェア社の創設者でもあります。
 現在,FPTソフトウェア社は9,000人(2015.10現在)の従業員を擁しており,うち5,000人が日本市場を相手に働いています。FPTソフトウェア社では,2020年までに従業員を10,000人にすることを目標にしています。私が代表を務めているFPTジャパンは,FPTソフトウェア社の日本法人で,現在,東京,大阪,名古屋の3都市に進出しています。今年でFPTソフトウェア社は,日本進出10周年を迎えます。
 FPTジャパンは,ソフトウェア開発を中心に行っているアウトソーシング企業です。ソフトウェア開発以外では,BPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)やクラウドといったサービスの提供も行っています。FPTジャパンの顧客には,ソニー,東芝,日立,富士ゼロックス,ホンダ,マツダといった,日本でも最大手と呼ばれている企業名が並んでいます。FPTソフトウェア社では,2020年には売上6億USドルにしたいと考えています。日本での収益が年40%から50%の割合で伸びており,この売り上げ目標は達成できると考えています。
 昨年,FPTソフトウェア社では,ベトナムから1万人のITシステムエンジニアを日本へ送り,日本語トレーニングを行って,日本市場で働けるようにするというプログラムをスタートさせました。このプログラムのオープニング・セレモニーには,日本の経済産業省からもご出席をいただいております。
 ここで,少し福岡市についてお話したいと思います。日本でITビジネス展開を考えている企業からすると,福岡市は,多くのエンジニアがいることに加え,オフショアとニアショアのビジネスモデルを組み合わせた,日本におけるベストショアビジネスの実現が期待できる素晴らしいロケーションにあります。また,東京と比べても,福岡市はベトナムやほかのアジア諸国からのフライトが短時間で済むという利点があります。今後数年の間に,FPTジャパンの次のオフィスをここ福岡市で開設できたらと考えています。ご清聴ありがとうございました。
(グエン・タン・ナム氏)
 コイ社長の目標はとても明確です。FPTソフトウェア社の従業員を10,000人にすること,そして,福岡市をはじめ日本各地にFPTジャパンのオフィスを設置することです。FPT大学では,コイ社長のこれらの方向性に従い,目標を達成できるように努めなければなりません。  


11.ASEAN諸国で唯一の大学

 あまり知られていないことですが,FPT大学は,在籍しているすべての学生に日本語教育を行っている,ASEAN諸国で唯一の大学です。日本語は必修科目なので,FPT大学の学生であれば,レベルの違いこそあれ,誰もが日本語を話すことができます。ご覧いただいているのは,私たちは「ソフトウェア・エンジニアリング・プログラム(Software Engineering Program)」と呼んでいるもので,全145単位あります。初級日本語,中級日本語,IT日本語,そしてIT基礎エンジニアリングなど,多くの日本語科目があります。FPTジャパンに就職するためには,日本語能力でN2を取得しなければなりません。N2を取得して,きちんとした日本語を話せるようになれば,コイ社長とともに日本で働くことも可能です。
 現在,FPT大学では,信州大学,創価大学,九州工業大学,法政大学,千葉工業大学,文教大学など,多くの日本の大学と提携し,インターンシップや文化交流,共同研究といった様々な目的を持った日本人大学生の受け入れを行っています。日本文化について語り合い,日本人の友達を作り,日本人と直接コミュニケーションをとることが出来る環境を大学内につくり出すことで,日本への更なる理解へとつながっています。


12.終わりに

 最後になりますが,一言,皆さまに申し上げたいと思います。友人をつくることほど素晴らしいことはありません。授業で何を学ぶのかということは重要ではありません。重要なのは人生から学ぶことです。友人をつくることから学ぶのです。FPT大学に来ている日本人大学生は,ベトナム人学生だけでなく,世界中から来た学生たちと友人関係を築いています。友人との思い出は,今後彼らの人生において大きな支えとなるでしょう。そして,彼らを成功へと導いてくれるに違いありません。ご清聴ありがとうございました。



◆コーディネーター 太田浩 氏 よりコメント

 21世紀の大学に求められている5つのキーワードは,「diversity(多様性)」,「openness(開放性)」,「interconnectedness(接続性・連携)」,「flexibility(融通性)」,そして「mobility(流動性)」です。
 世界は大きく変わり,ビジネスも,求められている人材も変わってきている中,FPT大学が目指しているのは「産業界との連携」を軸にした新しい大学です。大学に対する伝統的な国の評価と庇護を期待するのではなく,マーケットの評価を強く意識することで,これまでのトップ大学の模倣版ではなく,開放性が高く,多様性に満ちた新しいタイプの大学を作り上げることが必要であると,グエン・タン・ナム氏は私たちに提起しています。
 昔に比べると,日本でも多くの人が大学へ進学するようになった今,学術研究に傾注するだけではなく,新しい時代が求めている人材をいかに大学が生み出していけるのかという大きな課題に対し,今回,グエン・タン・ナム氏からは,大学と産業界との連携をはじめ,多くの示唆に富むメッセージをいただけたのではないかと思います。