


岡野博一さんの会社でつくっている博多織だけでなく、伝統工芸品と呼ばれる分野はどこも苦戦しています。その理由を「伝統工芸を産業として成り立たせるプロデューサーがいないため」と語ります。「腕のいい職人も減ってきていますが、職人の育成はこれからでもできます。もともと日本人はものづくりが大好きで、最近は世の中全体が手づくりブームに回帰してきている。けれども製品が売れなければ職人は食べていけません。食べていける環境をつくる人が必要とされているのです」
そのためには地域発のブランドをつくることが大切と岡野さんは言います。「ブランドとは地域に密着したもの。馬具工房から出発したエルメスも、トランクをつくる工場だったルイ・ヴィトンもそうです。ヨーロッパでブランドができやすいのは、地元の人たちがそれを使うからです。地元の人がいいと思わないものは、よそでもいいとは言われない。残念ながら、現在の博多織は地元の人が積極的に使ってくれる品ではありません。もっと地元の皆さんが自慢したくなるようなものにしていきたいと思っています」。着物の世界でも、藍染めの綿織物が発展してデニムの一大産地となった岡山や、呉服商から始まって車・飛行機のシートやカーテンを手がけるようになった京都の織物メーカーの事例があります。
「博多には博多織、博多人形、さらに博多曲物、博多独楽、博多張子、ガラス工芸などの工芸品があります。また市内には酒蔵もたくさんある。博多発のブランドに育つ可能性があるものはたくさんあるのです」と岡野さん。ただし、これらの品は地元の人にもよく知られていないのが現状です。「博多織の工房は地価の高騰などで移転してしまい、博多と名がつくのに市内にほとんど残っていません。それらをもう一度、博多に呼び戻すべきです。多くの人に知ってもらうためにも伝統産業を集積する必要があると思います。伝統工芸カフェのようなものができればいいですね」


岡野博一さん
博多織元・岡野 社長
1971年生まれ。1897年創業の博多織元「岡野」の5代目。東京の大学を卒業後、着物とは無関係な仕事をしていたが、98年に帰郷。博多織を日本発の世界ブランドにしたいと東京・六本木にも店舗を展開。