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  • 2008年7月29日UP!

034 屋台につながる気さくな居酒屋で飲む楽しみ(藤井フミヤさん)

 福岡県出身の藤井フミヤさんが、福岡に帰ってきたと感じる瞬間は屋台が出ているのを見たとき。「中洲の川べりに屋台が出ているのを見たりすると懐かしいなと感じる。それに何だか日本じゃなくて、ここってアジア?もしかすると台湾?と思ったりしますね」。日本全国でも、これだけの屋台が今も街中に残っているのは福岡だけ。福岡の観光名所となっているだけでなく、庶民の味としてサラリーマンやOL、家族連れも気軽に立ち寄ります。夜のネオン街に屋台の明かりが次々に灯り、人々がにぎやかに飲み食いする様子は、確かに日本というよりアジアのどこかの国のようです。

 そんなフミヤさんが福岡に帰ってくるとよく立ち寄るのが、屋台が発展したような居酒屋だとか。「よくあるでしょ、屋台をやってた人が店を構えたような居酒屋。メニューは屋台とほぼ同じで、ニラ玉あたりから始まって、餃子、焼き鳥なんかで気軽に飲める。店の雰囲気も飾らなくて、大将とも気さくに話せるような」。もともと屋台は固定店舗を持てない人たちが始めたもの。資金が少なくても始められる屋台で地道に稼いで、いずれはちゃんとした店を持ちたいと考える人も少なくありませんでした。そのため屋台を卒業して固定店舗を持った人や、屋台のかたわら通常の店を運営する人もいます。その多くは屋台の雰囲気やメニューを受け継いだもので、屋台時代の常連客もよく通います。屋台を卒業しても気取らず、昔からのなじみ客を大切にするあたり、いかにも福岡らしいと言えるかもしれません。

 今から25年前、チェッカーズとしてデビューするため東京へ行ったフミヤさん。「当時の東京は庶民の食文化のレベルは決して高くなく、福岡の味が懐かしいと思いましたね。今の東京は何でもあって、とりわけ高級なものは充実している。だからこそ福岡に帰ってきてまで、わざわざ高級なものを食べようとは思いません。屋台に代表されるような庶民的なものが福岡の食文化の楽しみだと思います」

案内人プロフィール

藤井フミヤさん

歌手・アーティスト

1962年生まれ。福岡県久留米市出身。83年にチェッカーズのリードボーカルとしてデビュー。解散後はソロ歌手としてヒットを飛ばす一方、アーティストとして個展などの活動も行なう。

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