


都市計画家としての橋爪さんから見て、福岡の街を特徴づけているものに「太閤町割」の考え方があると言います。戦国時代、博多の町はいくどとなく戦火に見舞われ焼失しました。その後、九州を平定した豊臣秀吉が1587年に行なった博多の復興計画が太閤町割と呼ばれるものです。現代でいう都市計画のようなもので、旧来の博多の町割を統合して、「流(ながれ)」と呼ばれる7つのブロックに再編しました。また入り江などの埋め立ても行ない、自由な経済活動が行なえる楽市楽座を取り入れるなど、博多が近世の商業都市へと変貌する大きな役割を果たしました。
橋爪さんは「太閤町割はハードというより、生活様式や生活文化の基盤として博多の町に影響している面が大きい」と言います。「例えば『流』という単位は、博多の代表的な祭りである博多祗園山笠に現在もそのまま受け継がれ、祭りを運営する重要な組織として機能しています。つまり博多での町割は、コミュニティや祭りとセットになっているのです。土地の上に建てられた建物は時代によって変わっていきますが、町割に由来する生活様式や生活文化は歴史的ストックとして時代を超えて受け継がれているのです」
商人たちの自由都市として発展した博多を支えた太閤町割。その考え方が残る博多地区では、今新たな都市開発の波が押し寄せようとしています。2011年に全線開業予定の九州新幹線、それにともなうJR博多駅の建て替え、そして周辺の再開発です。「これから博多駅周辺や博多地区は大きく変わっていくと思います。これまでの博多は古いものを残すことにあまり配慮してきませんでしたが、これからは先にあるものに対して敬意を払い、残すべきものは残していくべきだと思います。そうした歴史的な積み重ねの上に、今生きる私たちの文化、歴史、景観を考えていけばいいと思います」


橋爪紳也さん
大阪府立大学特別教授・観光産業戦略研究所所長
1960年生まれ。大阪市立大学都市研究プラザ教授などを歴任し、都市計画家、建築史家として活躍。まちづくりへの提言を積極的に行なっている。著書に『集客都市』『ゆく都市くる都市』ほか。