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  • 2008年6月24日UP!

024 今も脈々と受け継がれる祭りの伝統「博多祗園山笠」 (野田順康さん)

 野田さんが3年前から参加し、今では何よりも楽しみにしているもの、それが博多の代表的な夏祭り「博多祗園山笠」です。博多祗園山笠は760年以上の歴史を持ち、伝承によると博多で疫病が大流行した際に、承天寺(じょうてんじ)の聖一(しょういち)国師が町人たちの担ぐ施餓鬼棚(せがきだな)に乗って町内を練り歩き、疫病封じの祈祷水をまき清めたことが発祥と言われています。 「祗園」とつく祭りは日本各地にあり、京都の祗園祭が有名ですが、野田さんが「京都の祗園祭とは対照的。まさに静と動」と言うように、博多祗園山笠はその勇壮さで知られています。「1年に1度、自分の気力と体力の限界を試す男の祭り。厳しい伝統に支えられ、祭りを動かしていく組織もしっかりしている。福岡ほどの政令都市のど真ん中に、これだけの祭りの伝統が残っていること自体が驚きです」

 博多祗園山笠は「流(ながれ)」と呼ばれる7つのブロックで運営されています。正式な祭りは7月1日に始まり、7月15日早朝のクライマックス「追い山」で終わりを迎えます。追い山では「舁(か)き山」と呼ばれる山車(だし)を男衆が担ぎ、約5kmのコースを全力疾走します。このスピードを各流で競い合うのです。沿道からは勢い水が浴びせかけられ、締め込み姿の男たちが疾走する様子は圧巻です。

 6月に入ると山笠関係者は祭りの法被を着ることが許されるようになります。法被は町内や流ごとにデザインが違い、祭り期間中の博多ではこの法被が正装。街中を歩くことはもちろん、結婚式にも出席できるのです。野田さんもこの法被に憧れて祭りに参加したのだとか。もちろん伝統ある祭りのこと、誰でも気軽に参加するというわけにはいきません。「一度目の福岡赴任では入れてもらえず、『もう一度戻ってきたら入れてやる』と言われました。入ってみると肩書きなど関係なく付き合いができる世界でした」。小さい頃から祭りに参加している博多の子どもたちは、博多祗園山笠を通じて上下関係や礼儀、しきたりを学んでいきます。

案内人プロフィール

野田順康さん

国際連合人間居住計画(ハビタット)福岡本部(アジア太平洋担当)本部長

発展途上国で居住環境の改善などに取り組む国連ハビタット。アジア太平洋地域を担当する福岡本部は九州唯一の国連機関。2002年に続き、2006年に2度目の赴任。

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