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  • 2008年5月13日UP!

012 四季折々の風情が美しい福岡城趾とその周辺 (大塚ムネトさん)

 ギンギラ太陽'sの脚本家として、物語の構成を考えるのも大塚さんの重要な役目。考え事をしたいときによく行くのが福岡城趾、江戸時代の福岡黒田藩の居城だったところです。「広々として、静かで、緑があって、とても落ち着きます。考え事をするには最適な場所です」と大塚さん。

 初代福岡藩主・黒田長政が1601(慶長6)年から7年がかりで築城した福岡城は、博多湾から眺めると大空に舞うようなその姿から、別名「舞鶴城」とも呼ばれました。当時は海から続く堀をめぐらし、城内に10あまりの城門、47の櫓を配した壮大なものだったそうです。残念ながら天守閣などは失われていますが、当時のまま残されている南丸多聞櫓(たもんやぐら)や立派な石垣に当時の面影を見ることができます。また「桜の季節がまた一段と美しいんですよね」と大塚さんが語るように、公園として整備された一帯は桜の名所として有名。このほか2〜3月は梅、4月はヒラドツツジ、5月はボタンやフジ、シャクヤク、花菖蒲、6月はアジサイ、8月はハスと、四季を通じて美しい花々が楽しめます。さらに隣接する大濠公園は、福岡城の外堀を利用した水と緑豊かな公園。園内には日本庭園や能楽堂、福岡市美術館などが点在し、市民の憩いの場として親しまれています。

 福岡の地名はこの福岡城、福岡藩に由来していますが、もともとこの地名は黒田氏が住んでいた備前国邑久(おく)郡福岡(現在の岡山県瀬戸内市)から名づけられたものです。関ヶ原の戦いで功績を認められた黒田孝高・長政父子が、筑前52万3000石の領主となって入城した際に、この一帯を福岡と改めました。ちなみに那珂川の向こうには古来からの商業都市・博多があったため、福岡はこのとき以来、那珂川の西側は城下町・福岡、東側は商人の町・博多という2つの特色あるエリアを持つことになりました。「黒田藩のことや福岡城の由来など、福岡の歴史は意外に知られていません。もしかすると日本国中に影響するような歴史があったかもしれないと思うとワクワクしませんか。そういう福岡の歴史ロマンも掘り起こしていきたいですね」

案内人プロフィール

大塚ムネトさん

劇団「ギンギラ太陽's」主宰

1997年より、地元密着の舞台をくり広げるギンギラ太陽'sの主宰。流通、交通などの業界を徹底取材した物語や、役者たちのユニークな“かぶりモノ”が話題を集める。作・演出はもちろん、役者、造型師としても活躍。

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