【ご挨拶】
福岡市は朝鮮半島や中国大陸に近いという地の利に恵まれ、古くから大陸文化受け入れ窓口としての機能を果たしてきました。紀元前から大陸との交流を物語る確かな資料が数多く発見されています。7世紀から11世紀にかけてはアジアの人たちをもてなした迎賓館「鴻臚館」がこの地に置かれて、外交を行い、16世紀には海外の人たちが住む国際貿易都市となりました。福岡はその頃、博多と呼ばれていました。
博多はアジアの交流拠点都市として、大陸からさまざまな文化がここを経由して日本中に伝わったのです。たとえば、現代の日本食に欠かせないお茶、うどん、そば、饅頭をはじめ中国の織物技術が伝えられ、博多織となりました。商人と町人が主導権をもってまちづくりをする自治都市を築き上げたのも日本の中世としては画期的な出来事でした。
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