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特集8号 福岡の都市景観を探る Part.2 福岡には素晴らしい建築物がいっぱい

特集表紙

福岡の都市景観を探る 福岡には素晴らしい建築物がいっぱい 「MAT(マット) fukuoka」が紹介する福岡の近現代建築物 都市景観を形づくっているものには街並みのほか、建築物とパブリックアート(※)もあります。福岡では歴史を物語る煉瓦造りの建築物から最新の技術を駆使した現代建築物まで、さまざまな建築物を見ることができます。2009年、2010年と、福岡で見られる代表的な現代建築物を見学するイベントが行われました。実施したのは地元企業、大学、行政の産学官の有志からなる顧問、実行委員会で運営する「MAT(マット) fukuoka」。建物が建てられた時代背景、設計者のコンセプト、見所などを解説しながら巡るもので、参加した市民は多くの建築物に触れることができました。 パブリックアート=広場や公園などの公共の空間に設置されたアート作品のこと。 今号では「MATfukuoka」を代表する建築家の末廣香織(すえひろかおる)さんに、その取り組みについて伺いました。さらに「MATfukuoka」で紹介された建築物を中心に、福岡の街にアクセントを与えている建築物、パブリックアートを紹介。建築物とパブリックアート見学を福岡の街歩きの楽しみの一つに加えていただけたらと思います。

建築に対する意識を高めたい  「MAT fukuoka」末廣香織さんインタビュー  Q.「MAT fukuoka」ができたきっかけは?  A.ヨーロッパやアジアには美しい街があって、それ自体が観光資源になっていますが、福岡の場合はそうだとは言いがたいですね。大きな原因として、一般市民の方々に建築の良さっていうものがあまり伝わっていないからだろうと思ったんです。福岡には実は優れた近現代建築物が意外にたくさんあるんですけど、あまり知られていないだけなんですよ。建築の専門家が優れた建築をきちんと解説して、市民の方々に興味を持っていただいて、建築は面白いんだということを分かってもらう努力が必要じゃないかって、松岡恭子さん(※)と一緒に考えたんです。平成21年(2009)に、最初は二人で始めましたが、今では賛同するメンバーが増えました。(松岡恭子/東京電機大学未来科学部建築学科准教授。建築家)  Q.今後の「MAT fukuoka」の活動は?  A.建築物についていろんな情報を集めるので、最終的にはアーカイブ(※)化したいと思っています。絵や音楽と同じように建築物にもいろんなエピソードがあります。いろんな話を聞いて、初めてその建物が理解できることもあります。少しずつ集めた情報をストックしていけば、最終的には重要な資産になると思うんです。ゆくゆくはストックした情報を紹介できるサイトとか、出版物とか、なんらかのデータベースを作りたいと考えています。「MAT fukuoka」は2009年、2010年はどちらも延べ約1000人の人々に参加していただきました。2011年の今年、もう一度ツ  Q.今の福岡の都市景観の問題点は?  A.福岡に限ったことではありませんが、問題は山積みです。日本の現代の都市景観は戦後の高度成長期以降に建てられた建築物で成り立っています。高度成長期から最近まで、日本の建築産業は質より量を取る時代だったんです。デザインなどのクオリティー(質)というよりも、安く、速くつくろうという考え方が優先されてきました。また資本主義だから当然ですけど、土地は私有地、土地の上に建った建物も私有物、私有物に対する決定権はすべて所有者にあるというふうに思っている人が多いんですよね。でも建築物は街に影響を及ぼすので、本当は建物を建てるということは社会的なことなんです。だけど個人的なことに完全に置き換えられています。好き勝手にヘンなものをつくる人いますよね。そういうことが積み重なって都市景観は悪くなってしまったんです。最近は徐々に認識されていて、新しい街ではある程度考えるようになってきています。

  Q.どうすれば美しい都市景観がつくられるでしょうか?  A.景観は主観に頼らざるを得ないと思うんですよ。美しいかどうかなんて、主観でしかない。ヨーロッパは主観で決めることが多いんです。この人は目利きだという人がいたら、その人が決める。あるいは景観委員会というものをつくって議論して決めます。その後、そのデザインが一般市民に1年くらい公開されて、その間にいろいろ意見を戦わせて生き残れたら建てるという仕組みを取ることが多いんです。主観でものを決めれば判断した人が責任を取らないといけない。そしてその人が責任を取るんです。もし失敗すればあとで批判されるわけです。だからあるレベルを保った景観がつくられるわけです。それだけの責任感を持ってやらないと、ほんとに美しい景観はできないと僕は思っています。  Q.昔の街並みの方が統一感があったように思うのですが?  A.そうですね。2つの理由で。1つは単純に技術的な問題。建築技術が限られていたので自動的に統一される。もう1つは権力者が強権的に決めていたから、ある程度安定したクオリティーを保っていたんです。  Q.どこで変わってしまったのでしょうか?  A.第二次世界大戦後に大転換するんですね。民主主義と利己主義の差が見えずに、みんな好き勝手にやっていいということになってしまったんです。戦争で焼け野原になったところで民主主義の名の下に、好き勝手につくったからぐちゃぐちゃになっちゃったということですよね。歴史上やむをえないのかもしれませんけど。  Q.これからどうすればよくなるでしょう?  A.少しずつでもコントロールをかけていく努力をすることだと思うんです。戦後すぐ、また高度成長期に建った質の低い建物は、建て替えの時期を迎えています。そのときに景観を考えて建てていけば、30年、50年経てば街はかなり変わります。「MAT fukuoka」のツアーで、できるだけ意識の高い人が増えてほしいなと思ってるんです。    末廣香織さんプロフィール  1961生まれ。建築家、九州大学人間環境学研究院 都市・建築部門准教授。建築設計事務所「nks architects(エヌ・ケイ・エス・アーキテクツ)」を主宰し、建築家として個人住宅から公共建築までさまざまな建築を手掛ける。昨年「志井のクリニック」が日本建築学会作品選奨に選ばれた。コンペの審査員や熊本アートポリスのアドバイザー、大学間・実務者と大学を結びつける「学生デザインレビュー」などの社会活動も積極的に行っている。

 福岡市の建築物コレクション  01.石蔵酒造・博多百年蔵(博多区堅粕1-30-1)都市景観賞受賞 博多に残る唯一の造り酒屋『石蔵酒造(いしくらしゅぞう)』の酒造場。白壁土蔵に赤煉瓦の煙突など、明治初期に建てられた時の面影を残しています。福岡藩の御用商人に端を発し、百余年にわたって現在の酒蔵で博多の地酒を製造してきました。  02.九州大学本部第一庁舎(東区箱崎6-10-1)1925年竣工 都市景観賞受賞 明治43年(1911)に創立された九州大学。現在伊都キャンパスへの移転が進んでいて、平成31年(2019)に移転が完了する予定ですが、箱崎キャンパスには明治初期の建築からモダニズムの建築まで、数多くの歴史的建築物が残っています。しかし、箱崎キャンパスの跡地利用は決まっておらず、これらの建築がどうなるかは未定。「本部第一庁舎」は煉瓦造りの明治初期の建築です。

 03.九州大学旧工学部本館(東区箱崎6-10-1)1930年竣工 都市景観賞受賞 九州大学を代表するひときわ重厚な建物。茶色のスクラッチタイルで覆われ、中央に展望塔がそびえ、その両脇には半円筒状の塔屋を設置。エントランスの庇を支える円柱は柱頭に丁寧な紋様が施され、天井には円形のステンドグラスがはめ込まれるなど、ディテール(細部)まで凝っています。  04.旧福岡県公会堂貴賓館(中央区西中洲6-29)1910年竣工 明治43年(1910)、第13回九州沖縄八県連合共進会の際に貴賓館として建設されました。フレンチルネッサンスを基調とする木造公共建造物として貴重なため、昭和59年(1984)国の重要文化財として指定。正面中央には石柱の玄関ポーチが突出し、北東隅には八角の尖塔が張り出しています。設計者の三條栄三郎は、ほかにも福岡県立福岡高等学校などを手がけ、県の建築業界を牽引しました。

 05.鹿島本館(博多区冷泉町3-11) 平成19年(2007)福岡市内の建築物で初めて国の登録有形文化財となった和風旅館。大正時代~昭和初期に建てられた木造2階建て。敷地は間口が13メートル、奥行が56メートルという町屋特有の奥に細長い形。数奇屋造の客室に船底天井や丸窓など、各部屋ごとに趣向が凝らされています。古いたたずまいが海外からの泊まり客にも大人気。  06.西日本シティ銀行本店(博多区博多駅前 3-1-1)1971年竣工 都市景観賞受賞 福岡市の玄関口、博多駅の前にある銀行。磯崎新の設計による建物は周囲のガラス張りのビルとは一味違う赤い色をした外観が印象的です。外壁の赤い色はインド砂岩。エントランスホールの天井は高く、一部ガラス屋根となっているため、中は明るくなっています。

 07.アクロス福岡(中央区天神1-1-1)1995年竣工 都市景観賞受賞 天神中央公園に面した南側の緑の階段は都市と建築と緑の共生がテーマ。高さ60メートルの屋上まで13層の緑の階段が連なっていて、平日は14階まで、土日祝日は屋上まで歩いて上ることができます。緑の階段は夜間に涼しい空気を吹き下ろし、建物自体が一帯の環境装置として機能しています。基本構想はエミリオ・アンバーツ、日本設計、竹中工務店。  08.ハイアット・リージェンシー・福岡(博多区博多駅東2-14-1)1993年竣工 都市景観賞受賞 世界的に有名なアメリカ人の建築家、マイケル・グレイブスが設計したホテル。スフィンクスをイメージした斬新な外観が人目を引きます。地上42メートルの吹き抜けのロビーも圧巻。客室のインテリアや家具も同じくマイケル・グレイブスのデザインによるもので、統一感があります。

 09.博多小学校(博多区奈良屋町1-38)2001年竣工 都市景観賞受賞 「学校はまち・まちは学校」をコンセプトにつくられた小学校。校舎はガラス張り、教室には仕切りがなく、職員室もないというオープンスクール形式。内と外をゆるやかにつなぐ2階の木製デッキにはユニークな家具が置かれ、子どもたちが柔軟な想像力を使って遊んでいます。工藤和美+堀場弘/シーラカンスK&Hの設計。  10.アイランドシティ中央公園中核施設「体験学習施設ぐりんぐりん」(博多区博多駅東2-14-1)2005年竣工 都市景観賞受賞 アイランドシティで平成17年(2005)に開催された「花どんたく」のテーマ館として使用された建物。緑が屋根まで続いて、一見、自然の丘のよう。屋上には遊歩道があって散策できます。現在は体験学習施設として使われていて、亜熱帯植物が生い茂る中を沖縄の蝶、オオゴマダラが飛び交っています。設計の伊東豊雄(とよお)は日本建築学会賞など、数々の賞を受賞。

 01.博多港引揚記念碑「那の津往還」豊福知徳(博多区沖浜町マリンメッセ福岡西側)都市景観賞受賞 第二次世界大戦直後、博多港は139万人が外地から引揚げ、また50万人が故国へ帰った、国内最大級の引揚援護港でした。これは敗戦直後の失意とその後に湧き興った生への希望を記念するものとして制作された作品。船の上に立つ人は日本人が古代から愛してきた朱色に塗られ、かつて那の津と呼ばれた博多港の希望が表現されています。  02.「三人舞妓」小島与一(博多区中洲4丁目) 福博であい橋の中洲側たもとにある銅像。福岡県無形文化財認定保持者だった博多人形師の小島与一(明治19年~昭和45年)が大正14年(1925)のパリ万国現代装飾美術工芸博覧会で銀賞を受賞して、博多人形を全世界に「ハカタ・ドール」として知らしめた作品を三倍に拡大したもの。

 03.「Home and away」スダルシャン・シェッティ(博多区下川端町2−1 博多座東通り側)都市景観賞受賞 博多リバレインでは建築と一体化したアート作品を随所に取り入れています。これはインド人アーティストが制作した作品。ビルに何気なくくっついている作品に気付いた人は、こんなところにと驚くかもしれません。ステンレスの球体は地球を、FRP(※)製の卵は未来への希望を表しています。FRP=ガラス繊維などで強化したプラスチック。   04.「プリマヴェーラ」エスター・ワートハイマー(中央区天神1丁目 市庁舎ふれあい広場) ポーランド生まれでカナダ在住のアーティスト。「プリマヴェーラ」は女性がリボンを掲げて両手を空に差し出し、髪や衣装を前から吹いてくる風にたなびかせています。見ていると、こちらも春風に吹かれているようなすがすがしさを感じる作品です。「プリマヴェーラ」はイタリア語で「春」。春の季節の中の成長と繁栄を意味しています。

 05.「無題」キース・へリング(中央区舞鶴2−5−1 あいれふ前)都市景観賞受賞 1990年、31歳でエイズで亡くなったニューヨークのストリートアーティスト、キース・へリングの作品。平面作品が多かった彼が残した数少ない野外彫刻。その中でも最大級の大きさを誇ります。ビルの無機質な色の前で赤い色がインパクトを放っています。   06.「スウィング」クレメント・ミドモア(中央区大手門1丁目 荒戸交差点) 荒戸の交差点にある抽象彫刻。黒いどっしりした質感から鉄でできているように見えますが、アルミニウム製です。シンプルな形は、どの方向からも見ることができるというもので、交差点という立地にぴったりの作品となっています。作者はオーストラリア生まれ、ニューヨーク在住。

 07.「南瓜(かぼちゃ)」草間彌生((中央区大濠公園1−6 福岡市美術館 エスプラナード) 福岡市美術館2階入口にある草間彌生の作品。草間の作品の中でも絶大な人気があるかぼちゃがモチーフ。草間のトレードマークである水玉模様があしらわれています。黄色いかぼちゃの表面を、いろんなサイズの黒い水玉が覆いつくして、強烈な存在感を見る人に与えています。   08.「大きな愛の鳥」ニキ・ド・サンファール(中央区地行浜1丁目 地行中央公園) 地行中央公園にあるフランスの彫刻家の作品。エジプト神話の鷲の姿をした神「ホルス」と、ギリシャ神話の神「キューピット」をミックスしたもの。有機的なフォルムと鮮やかなカラーが目立ちます。力強くて明るくて、見る人を元気にしてくれるような生命力を感じる彫刻です。

 09.「ノスタルジア・オブ・サーキュレーション」崔在銀(チェ・ジェウン)(早良区百道浜3丁目 エアロギャラリー  DUNE) ビルとビルをつなぐスペース「エアロギャラリーDONE(デューン)」に国内外4人のアーティストのパブリックアートが設置されていて、これはその一つ。青い4枚のコインのようなオブジェが重なり合う作品は、最先端のオフィスビル街の一服の清涼剤となっています。   10.「Dragon King Rabbits」吉水浩(西区姪浜駅南1丁目 地下鉄姪浜駅南側広場) 姪浜駅南側の区画整理事業のモニュメントとして設置された作品。姪浜の港に伝わる龍王ウサギの伝説をモチーフにしています。宋の国でオオカミに追われていたウサギを大応国師(だいおうこくし)が助け、帰国の船が嵐で沈みかけたとき、ウサギが海に身を投げて嵐を鎮め、龍になったという伝説。ダイナミックな青い波が印象的です。

ふ~あのアジアントリップ  住宅街で歴史を見っけ♪コース 福岡市南区・高宮~大池界隈  ふ~あです。今回は天神から西鉄天神大牟田線で3つ目の駅を降りて、高宮にやってきました。高宮というと、新しいマンションが並ぶ住宅街というイメージがあったけど、じっくり歩いてみると山の方は緑も多く、神社やお寺もあって、歴史の香りがプンプンしてきます。360度パノラマの眺望が楽しめる、超穴場な展望台も見つけたよ!    1 ソフィー像   西鉄高宮駅の西側はちょっとした広場になっていて、待ち合わせにピッタリの場所。真ん中には噴水があり、行き交う人を涼しげな気持ちにさせてくれます。ベンチには朝倉響子さんの「ソフィー」像(1986年製作)の彫刻があるから、ソフィーの隣に座っていると、待ち時間も寂しくなかったよ。それに駅周辺は飲食店も多いので、ランチや夜はちょっと一杯といろいろ使えるよ。    2 高宮八幡宮   高宮通り沿いから見える立派な鳥居をくぐり、坂道をのぼった所にある神社。住宅街の中に古い神社があるから、「んん?」とちょっと不思議な気がしたよ。ご本殿が新しくピカピカでびっくり ! 2007年に400年ぶりに改築されたばかりで、次に建てかえるのも400年後らしい。歴史を感じるなぁ。恵比須様、大黒様などの神様の像もあり、お参りする近所の人らしき姿もチラホラ・・・地元の人に愛されている神社みたい。

  3 平和南緑地展望台   住宅地の上のこんもりした森に展望台らしきものが見えたので、頑張ってそこを目指して行って見ることにしたよ。「平和南緑地」という案内地図があって、森の入口はいくつもあるみたい。遊歩道を歩いて展望台に到着。すぐ手前は高宮浄水場、遠くには博多湾に志賀島、飛行機が離発着する福岡空港も見えて、福岡市内が360度ぐる~んと見渡せる絶景!知る人ぞ知る穴場スポット見~つけた♪   4 清水・干 線完成記念モニュメント   住宅街の坂道を降りて、野間大池のそばまでやってきたよ。野間大池交差点には時計と鐘の付いたモニュメントを発見。市道清水干隈線の完成を記念して作られたらしい。カラーン、コローン♪、ちょうどチャイムが鳴って時を知らせてくれたよ。周辺にはイタチやカエルが仲良く遊んでいるオブジェもあって、これは野間大池に実際顔を見せる動物を現しているそう。その後、野間大池を散歩したら、本当にイタチが出てきそうなくらい自然がいっぱいだったよ。   5 穴観音   野間大池そばの興宗寺(こうそうじ)に大昔の古墳があるって知ってた?仏様が彫られているから通称「穴観音」と呼ばれているんだって。境内の中の急な階段を登ると、ぽっかりと穴があって、中をのぞくと3人の仏様の姿が ! ほほ笑まれているようなお顔を見ていると、ほんわか優しい気持ちになるよ。住宅街に、こんな深い歴史スポットがあったなんて意外だなぁ。

ふ~らり時間旅行  2000年の歴史を持つ福岡は玄界灘に面し、古くから海外への玄関口としてアジアの人々と交流してきました。街を歩けば、古い時代の記憶が残る場所に出合います。このコラムではそんなスポットをご紹介。福岡の街を散歩したとき見つけたら、この街がたどってきた過ぎ去った日々にタイムトリップしてみてください。    十の巻 福博電気軌道「馬出」電停跡~100年前、チンチン電車が停車した場所~    福岡市にはかつてチンチン電車と呼ばれる路面電車が走っていました。でもその痕跡はどこかに残っているのでしょうか? ということで探したのが一世紀も前の電停跡。この電停跡、今でも西鉄バスの「馬出通り」バス停留所として現役で活躍中。バス停に降り立ってみると、そこには長方形の御影石が並んで敷かれています。これは福博電気軌道の「馬出」電停跡なのです。福博電気軌道の路面電車は福岡市が計画しながら財政難のため頓挫(とんざ)していたものを、東京・大阪で活動中の松永安左衛門と福沢桃介(福沢諭吉の養子)という有力な財界人の主導で実現しました。福岡市が路面電車の開設を急いだのは明治43年(1910)に第十三回九州沖縄八県連合共進会という博覧会の開催が迫っていたからでした。行政の支援もあって、前年の会社設立からわずか半年後には大学前~黒門橋間、博多停車場前~呉服町間の営業を開始したのです。    当時の運賃は1区1銭、通行税が1銭で計2銭でした。福博電気軌道はその後、天神~博多駅~千代町間に電車を走らせていた博多電気軌道と合併。その後も九州鉄道(現西鉄天神大牟田線)などと合併して、西日本鉄道になります。そして福岡市営地下鉄(昭和56年開業)とチェンジする形で、昭和54年(1979)にはすべての路面電車が廃止されるのです。「馬出通り」バス停留所を通りかかることがあったら、「馬出」電停を出たチンチン電車が民家の軒先をかすめながら通っていた時代を想像してみてください。    参考文献/『福岡の近代化遺産』九州産業考古学会著 弦書房 2008年発行 『にしてつ100年の歩み』西日本鉄道株式会社 2008年発行 所在地 福岡市東区馬出

ASIANTOPICS vol.10 鬼は外~!福は内~! 櫛田神社で節分を楽しむ   まだまだ寒~いけれど、暦の上ではもうすぐ春の訪れとなる「節分」。 博多の総鎮守 ・ 櫛田神社に巨大なお多福面がお目見えしました。大きな口をくぐると福が舞い込むと言われるお多福面、早速お参りしてきました。  このお多福面、実は3カ所あって、それぞれ顔も違うって知ってました?メインは参道入口の楼門にある高さ5.3m、幅5mの巨大なお多福さん。手を伸ばしても鼻の穴まで届かない大きさです。インパクト大の笑顔につられて笑っちゃいます。   ひときわ大きく口を開けているのが、冷泉公園側の門に設置してあるお多福さん。かがまなくていいので通るとき楽々です。ひょうきん度ナンバー1  川端商店街側の鳥居のお多福さん、笑ってるんだか笑ってないんだかの目に釘づけです。ほっぺたや目の周りのシワも妙にリアル  いつもは静粛な神社も、お多福面が現れるとユーモラスな雰囲気に包まれていました。参拝客は嬉しそうにお多福さんの口を出たり入ったり、写真を撮ったりしていました。中にはちょっぴり恥ずかしそうにくぐるサラリーマンの姿も(笑)。博多の節分に欠かせない櫛田神社のお多福さん、3つともくぐったので、今年はいいことありそう。  毎年、節分の日には豆まき神事を開催。博多座に出演中の役者さんらが登場する。午前10時から30分おきに、豆やお菓子がまかれる。 期間限定の縁起物グッズも大人気。福のお面が付いた福寄せ(中)1500円、五色豆500円など。 楼門の天井にかかっている干支恵方盤(えとえほうばん)に注目。2011年の縁起の良い方角である恵方は、巳(み)と午(うま)の間で南南東にあたる。だから節分に食べる恵方巻は南南東を向いて食べるわけ。

ASIAN TAKARABAKO アジアンコラムNo.6  ちょっと教えて アジアの国の正月  タイ 観光客にも容赦なし!水掛け祭りに参加  タイの正月は、毎年4月13日~15日で「ソンクラーン」と言います。13日は家族で寺院にお参りに行き、仏像に聖水をかけたり、食べ物をお供えしたり、宗教的な儀式も行いますが、なんといっても盛り上がるのは水掛け祭り。何度かこの時期に訪れたことがありますが、タイ全土が大騒ぎ!始めは観光客ということで、遠慮して水をかけられませんでしたが、一度濡れてしまうと、もうお構いなし。荷台に水をつんだ軽トラックが出て、バケツなどで誰かれかまわず水を掛けられます。こちらも水鉄砲を購入して応戦です。この時期にタイを訪れたら、見物だけじゃもったいない、ぜひタイ人と一緒に水掛け祭りに参加してみてください。ただしビショヌレ覚悟でね。  韓国  正月に欠かせない伝統ゲーム「ユンノリ」 韓国の正月は「ソルラル」といい、旧正月にあたり、親戚一同が故郷に集まります。目上の人に、ひざや手をついて行う新年の挨拶「歳拝(セベ)」をして「今年1年健康でありますように」「早く結婚しなさい」などの言葉や説教(?)を受けます。子どもはお年玉をもらいます。日本でいうお雑煮「トックッ」は、1杯食べると1歳年をとると言われ、ソルラルには欠かせません。牛のスープに薄く切ったモチが入っていて、日本のモチとは食感が違います。お正月の伝統的な遊びと言えばユンノリ。出た数の目だけコマを進めるすごろくのような遊びですが、サイコロではなくて4本の木の棒を投げて数を決めます。他には凧揚げ、こま回しなど、韓国には正月の伝統遊びがたくさんあります。  中国 爆竹がないと始まらない!にぎやかに迎える新年  中国の正月は、旧暦の1月1日で、「過年」(ゴーネン)と言います(2011年は2月3日でした)。大晦日は大そうじをして、玄関に「春聯」(チュンリェン)という赤い紙を張り、これは新しい年にいいことがあるようにという思いがこめられています。そして中国の正月に欠かせないのが爆竹。午前0時を過ぎると、庭や外に出て爆竹を鳴らします。これは昔、トシという怪獣が大晦日に出てきて子どもをさらっていたので、竹を燃やして大きな音をたててトシを追い払ったという伝説から爆竹をならすようになったと言われています。新年を迎えたら家族そろって水餃子を食べます。お金を包んだ餃子を作り、それに当たった人は金運がUPするなどの遊びもします。

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