本文へジャンプ
福岡市中央区文字サイズ
文字を小さくする文字の大きさを標準に戻す文字を大きくする
音声読み上げ・ふりがな機能を利用する福岡市トップページへ
中央区の取り組み区役所と関連施設魅力・観光くらしの情報まちづくり
現在位置:HOMEの中の中央区の中の中央区の魅力・観光情報の中の中央区みどころ情報発信館から浄満寺
更新日: 2010年1月19日

【浄満寺】


亀井南冥ゆかりの浄満寺

昭和通りに面して建っている浄満寺

昭和通りに面して建っている浄満寺
 地行2丁目の浄満寺は、浄土真宗本願寺派の寺です。寛永12年(1635年)に那珂郡春吉村に建てられましたが、その後、大工町(現在の大手門)を経て、寛文11年(1671年)に現在地に移されたといわれています。


 すぐ北側にある真福寺や、通り向かいの金龍寺とともに、江戸時代は西からの外敵を防ぐ要となりました。


 境内には、儒学者で医師の亀井南冥(なんめい)とその一族の墓があることで有名です。


 南冥は、天明4年(1784年)に福岡藩に東西2つの藩校が開校したとき、唐人町の西学問所甘棠館(かんとうかん)の初代館長になりました。
 また、同年に志賀島で発見された金印が本物であることを見抜き、「金印弁」を著して金印を保護したことでも知られています。


 南冥の学問は子弟に受け継がれ、広田弘毅や、鳥飼八幡宮に銅像が立つ戦前の政治家・中野正剛(せいごう)が彼の影響を受けました。













亀井南冥の墓

亀井南冥の墓
 
地図を表示(福岡市Webまっぷへ)

歴史ジャンルへ戻る

      
このホームページについて | アクセシビリティについて | 個人情報の取り扱いについて | リンク・著作権等
Copyright(C)2008 Fukuoka City All Rights Reserved