本文へジャンプ
福岡市中央区文字サイズ
文字を小さくする文字の大きさを標準に戻す文字を大きくする
音声読み上げ・ふりがな機能を利用する福岡市トップページへ
中央区の取り組み区役所と関連施設魅力・観光くらしの情報まちづくり
現在位置:HOMEの中の中央区の中の中央区の魅力・観光情報の中の中央区みどころ情報発信館から午砲場跡
更新日: 2009年7月3日

【午砲場跡】


正午の時報“ドン”


午砲場跡に立つ石碑

午砲場跡に立つ石碑
 明治21年、福岡に号砲会社が設立され、その年の7月22日正午から大砲を“ドン”と鳴らし、正午を知らせるようになりました。


 当時の福岡・博多の習慣として、寄り合いや会議などは遅れて始まるのが普通だったようです。号砲会社は、このようなルーズな時間観念を憂いた江藤正澄、古賀勇夫らが設立した会社です。


 鉄砲店の西村庄平が大阪で100円で購入した大砲を洲崎のお台場(砲台)跡に据え、正午に大砲を打ち鳴らして時刻を知らせました。


 しかし、近所から「音がやかましい」との苦情が出たので、西公園の山の上に場所を移すも、そこでもまた苦情が出たので、西公園の山のふもとにあるお台場(砲台)跡に移動しました。ところが、今度は「“ドン”が聞こえん」との苦情が出たようです。


 ところで、この会社は福岡市の補助金と市民の寄付金で運営されていましたが、赤字続きで経営困難となり、明治23年1月15日で“ドン”は中止になりました。


 さんざん文句を言っていた市民も“ドン”がなくなると寂しいという声が挙がり、市は正午の“ドン”は市民に対する広報であるとして、明治25年からは市が鳴らし続けました。


 この“ドン”は「ドンガラガンの歌」が流行するほど市民から親しまれました。歌詞は「今鳴るドンガラガンは どこから 聞こゆ ドンガラガン 西のお山の 山の上 エーソージャ ソジャナイカ ドンガラガン あっち向いちゃ ドンガラガン こっち向いちゃ ドンガラガン」。


 昭和6年(1931年)、市庁舎屋上にサイレンが設置され、“ドン”はサイレンにバトンタッチすることになりました。


 現在、西公園の山のふもとにあたる、港三丁目の福岡造船株式会社の北側にある住吉神社境内に午砲場跡の石碑が建っています。


 また、“ドン”に使用された大砲は、博多区井相田二丁目の福岡市埋蔵文化財センターに保管されています。
“ドン”に使用された大砲

“ドン”に使用された大砲

午砲場跡の地図を表示(福岡市Webまっぷへ)


埋蔵文化財センターの地図を表示(福岡市Webまっぷへ)

歴史ジャンルへ戻る
このホームページについて | アクセシビリティについて | 個人情報の取り扱いについて | リンク・著作権等
Copyright(C)2008 Fukuoka City All Rights Reserved