
地行四丁目にある圓徳寺 | 中央区北西部の町・地行には、近代的に発展し続ける大通りとは対照的に、ちょっとした散策が楽しめる路地が続いています。
かつて江戸時代は海岸線であり、福岡藩初代藩主・黒田長政が松を植えたのをきっかけに広い松林になったという地行の町。
そのことを思わせる大きな松の大木が旧家の庭に堂々と残されていたり、いくつものお寺や自然の木々が立ち並んでいたりします。
地行にあるお寺の一つに、飢人地蔵の祀られた圓徳寺があります。この飢人地蔵は、手に大事そうに1個のおにぎりを持っています。
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歴史上、さまざまな自然災害を発端として、人々がたびたび大飢饉を経験してきたことは、たくさんの記録に残されています。
西日本でも享保の大飢饉(1732年~33年)により、福岡藩だけで約10万人に及ぶ死者を出したといわれていて、多くの餓死者を供養するために祀った地蔵は、飢人地蔵として福岡の各所に残っています。
圓徳寺のおにぎり地蔵もそのうちの一つです。区内ではほかに、南公園の飢人地蔵や笹丘の飢人地蔵、警固の味噌喰い地蔵、大手門にある浄念寺の餓死者供養塔があります。
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境内に祀られたおにぎり地蔵 |
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