
藁葺き屋根の平尾山荘 | 野村望東尼(ぼうとうに)は、長州藩の高杉晋作をはじめとする幕末の勤皇の志士たちを庇護したことで知られていますが、その高杉らが身を隠した場所が平尾山荘です。
平尾山荘は、望東尼が弘化2年(1845年)から慶応元年(1865年)までの21年間にわたり閑居した草庵です。草庵は、望東尼が閑居していた時代のものは早くに廃屋と化しましたが、明治42年に結成された「向陵会」によって復元されました。
その後、幾多の困難をしのいで保存活動を続け、昭和27年に結成された「平尾望東会」に引き継がれた後に再建築されたものが、現在の平尾山荘です。
山荘は、昭和49年8月12日に福岡市指定の文化財史跡となりました。現在、福岡市が寄附を受けてその管理にあたっています。 |
平尾望東会は毎年、望東尼の命日にあたる11月6日に「望東尼祭」を行っています。昭和41年(1966年)の没後百年祭には、梅100本の植樹や記念碑の建設などを行いました。
現在、平尾望東会の皆さんは先人達の志を継いで、150年祭に向けて、平尾山荘の保存・維持に努力されています。
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多くの人が見守った慰霊祭 (平成20年11月6日撮影)
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