
「天神」由来の水鏡天満宮 | 「狭い入口からは想像がつかないかもしれませんが、境内は奥行きが広く、街中にありながらとても静かです。朝はよくサラリーマンの姿もお見かけしますよ」と宮司の小鳥居良彦さんは話します。
太宰府に左遷されて博多に着いた菅原道真は、今泉辺りを流れていた四十川(しじゅうがわ・現在の薬院新川)の水面に映った自身のやつれた姿を見て、嘆き悲しんだといいます。
これにちなんで今泉に建てられた容見(すがたみ)天神は、福岡藩初代藩主・黒田長政によって水鏡天満宮として現在の地に移されました。福岡城の鬼門除けとして移された水鏡天満宮は、以来福岡の地を守ってきました。
ちなみに「天神」とは菅原道真のことであり、このときの移転が天神の地名の由来です。 |
境内には宮司さんの奥様が手入れされたお花が咲いていて、ほかの草木も緑濃く茂っています。高く立ち並ぶビルや、多くの人や車が行き交う道路に囲まれながらも、この神社は凛と佇んでいます。忙しい仕事の合間などに訪れると、不思議と心穏やかになれるでしょう。
ちなみに、南側の鳥居に掲げられた「天満宮」の文字は、福岡県出身の元総理大臣・広田弘毅が書いたもので、北側の鳥居の「天満宮」の文字は、福岡藩最後の藩主・黒田長知の子・長成(ながしげ)が書いたものです。 | 
境内に咲くあじさい |
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