| | 福岡市動物園は最初、昭和8年8月に東公園に開園しました。動物は象、ライオン、熊、オットセイなどがいましたが、敷地面積は約1万6千平方メートル(約5千坪)と狭いものでした。
終戦近くになると動物たちも食糧難になりました。また、空襲のおそれがあり、爆弾で猛獣の檻が破壊されて猛獣が逃げ出し、市民を襲うことにもなりかねない状況となったので、東公園の動物園は昭和19年5月20日に閉園され、トラ、ライオン、白熊などの猛獣はやむを得ず射殺されました。これも戦争の悲劇の1つでしょうか。
戦後、世の中が落ち着いて、動物園開設を要望する声が高まってきました。昭和26年、小西春雄福岡市長が動物園開園を約束されましたが、当時、福岡市は財政難でした。それでも、昭和16年にすでに開園していた南公園に、動物園が設置されることになりました。
昭和27年に小西市長の呼び掛けにより、財界、市民団体により「福岡市動物園協会」が結成され、募金活動により2,800万円が集まり、動物園建設費として市に寄付されました。国からの補助もありましたが、市民パワーによって実現した福岡市動物園です。
このようにして新生の動物園は昭和28年8月22日に開園しました。開園式には小西市長や杉本勝次福岡県知事をはじめ、子どもたちも出席して盛大に執り行われました。初日の入園者数は、約1万人だったそうです。入園料は、大人30円、小人10円でした。面積は2万2千平方メートル(約7千坪)、動物は69種、初代園長は香川勇氏でした。
昭和30年代に入ると動物の種類も増え、キリン、カバ、ラクダ、クロサイ、北極グマなども入ってきました。昭和36年にはゴリラとオラウータンが入園しました。昭和37年には日本で初めてチンパンジーの赤ちゃんが生まれ、「初男」と名付けられました。また、この年に園内を南北に結ぶ陸橋「赤道橋」が完成しました。
昭和55年4月には福岡市の友好都市、中国の広州市からパンダのシャンシャン(オス)とパオリン(メス)がやって来ました。ものすごい人気で、5月のゴールデンウイーク3日間で11万5千人の入園者があり、4月と5月の2ヶ月間で87万人が入園したそうです。
この年の6月1日には植物園が完成しました。面積は12ヘクタール、花壇、水生植物園、モデル庭園、生垣見本園、温室などがあります。広大な温室には熱帯からのさまざまな植物が収容されています。世界の蘭も多品種あります。
昭和57年には植物園の北側高台に3階建ての展望台が完成し、福岡市内のほぼ全域を眺めることができます。動物園では、平成元年に開園35周年記念事業として、サル山が完成しました。
このように福岡市動植物園は、開園より動物の種類、設備が充実されてきています。これからも、自然を大切にし、人にも動物にもやさしい動植物園になることを望んでいます。
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